【片麻痺者が動けないのはなぜ?回答編】バランス障害に対する寝返りの自主トレ・ワレンベルグ症候群・延髄外側症候群・脳卒中の後遺症は特定の原因や解決法がないケースが大半

48歳・男性・右片麻痺ワレンベルグ症候群のたかさんから寄せられたコメントにお答えする形で、脳卒中リハビリの発信に対する山田のスタンスを改めて述べたいと思います。

動画後半には、「バランス練習(寝返り動作)」のデモンストレーションもあります。

山田稔のスタンス

脳卒中による後遺症の現れ方やその強弱は十人十色であり、療法士の世界では「脳卒中片麻痺」に対する画一的なリハビリが存在しないというのは折に触れてお伝えしてきました。

症状や後遺症が出現している背景、及び、その解決策に関して、ある程度予測が立つ場合もあれば、被殻出血のように様々な症状が重合して出現する場合もあります。後者では、具体的な原因と解決策を提示するのが難しいのが大半です。

このように、実際の臨床では、「ここが具体的な問題です」と言い切れることの方が稀であり、各療法士がノウハウや経験値、技術を総動員しながら、その場で最適と考えられうるリハビリを提供しています。

殊、「リハビリ講座」では、山田が臨床で得てきた知見や経験をベースに「こうなのではないか?」という仮説を元に、解剖学、運動学、神経学など、様々な学問領域のメカニズムを踏まえながら、お一人お一人に最適と思われる施術を提供しています。

日々の臨床で得た「確からしさ」を発信することで、少しでも皆さんのお役に立てればと思い、「リハビリ講座」の中で紹介しています。

ある意味、山田個人の思考プロセスや臨床応用の結果のご紹介となるので、「リハビリ講座」に100%の答えや正解を求められても困ります。

スタジオにお越し頂いたお一人お一人に対して改善のために100%の力は発揮しますが、治せないものは治せません。

脳卒中の後遺症すべてに対する解決策を僕が有しているハズもなく、地図のない道や答えのない世界で、試行錯誤を繰り返しています。

ましてや、動画を通じて不特定多数の方に完ぺきな自主トレ方法や解決策を提示するのは不可能です。そうした点をご理解頂ける方のみ「リハビリ講座」を視聴頂ければと思っています。

右片麻痺・ワレンベルグ症候群の男性

ワレンベルグ症候群の男性からコメントを頂戴しましたので、今回の動画で取り上げます。

上述したように、脳卒中の後遺症は「原因や解決法はコレだ!」と断定するのが極めて困難な病態です。

一方で、今回コメントを投稿頂いたたかさんのように、原因や解決策の特定が比較的容易で、予後予測もしやすいケースがあります。

■たかさんからのコメント
48歳・右片麻痺・ワレンベルグ症候群の複視(物が二重に見える)有り、亜脱臼有りバックニー有り、けいしゅく有り。
足が上がらない、バックニーで膝カックンで上手く出来ません。
上むいて膝を立てると膝が倒れてきます。
 

どうすれば膝カックンよくなるか足が上がるか教えてほしいです。

発症から1年と9カ月です。後右手に箸を持って食べています。
後麻痺足で健康な足を乗り越えて歩く事ができます。
腕を振って歩く事ができます。
麻痺足に体重が少しだけのせる事が出来ます

装具はプラスチックのやつ使っています。早く歩く事も出来ます。

延髄外側の問題

たかさんが訴える「脚が上がらない+バックニーがある」といった現象は、視床出血や被殻出血の方でも生じる事があります。理由はそれぞれです。

たかさんの場合は、「ワレンベルグ症候群」という診断名が付いているので、「延髄外側の問題」に限定して考えることができます。

延髄という部位にはどういう神経が存在し、どういう機能を担っているかがある程度解明されているため、完璧に解決できる確約はできないものの、「脚が上がらない+バックニーがある」という困り事に対して、「こういう練習方法があります」という明確なご提案がしやすい側面があります。

記載頂いた主訴も、「延髄外側の問題」であることが分かっているので、僕にしてみれば全て納得がいくものばかりです。

脳幹の障害:予後は比較的良好で回復される方も

延髄外側は、「脳幹」の一部分である延髄の外側に位置する領域です。
よって、延髄外側の問題は脳幹の問題とも言えます。

脳幹が何らかの形で損傷してしまった場合、痙性麻痺が出る方もいますが、基本的には回復される方が多いです。
傍から見れば、ほとんど随意性に問題がないように見える方もいらっしゃいます。

「奇跡の復活: 脳卒中麻痺からの生還」を執筆された故堀尾憲市氏も脳幹に問題がありました。
彼も発病直後にはマヒがあったそうですが、独日のリハビリを編み出して自己回復されたそうです。

脳幹の問題は、ある程度時間が経過すれば、随意性が復活する事もあり、予後は悪くありません。

僕の見立てでは、堀尾氏は脳幹が自然治癒したことで随意性も回復したが、バランスの問題だけ残ったので、独自のバランストレーニングを考案されたことで、ほぼ元通りの身体状況を再獲得された…と認識しています。

同じ脳卒中でも、発症部位が違うと障害そのものが違ってくるので、その後の回復過程や日常生活のレベルも全く異なるものになります。

脳幹・延髄外側と前庭核

脳幹は大脳皮質の下に位置し、そこから延髄へと繋がる中継地になっています。
ここを通る神経線維が何かしらの障害を受けると、痙性麻痺が出ることがあります。

また、脳幹(延髄外側)には「前庭核(前庭神経核)」があります。

「前庭核」は、内耳にある器官であり、平衡感覚を司る重要な役割を担っています。脳に情報を伝え、身体のバランスを調整するのに役立っています。

・頭の位置がここだから、頭を支えるために脚はここになきゃいけない
・脚の上に頭が来るためには、身体が伸展反応を起こして肩甲骨が然るべき位置に留まり、頭が高い位置に来なきゃいけない

こんなふうに、前庭核は自分の身体がどの程度傾いているかを把握し、立った状態で姿勢を維持したり、転倒せずに歩いたりする役割を果たしています。

左側延髄の障害→左側でバランス障害が生じる(麻痺は右側)

たかさんの障害されている部位は左側なので、マヒは右側に出ました。

ところが、左側の延髄が障害され、左側の前庭感覚での信号のやり取りが不具合を起こしていると仮定すると、"左側でバランス障害が起きている”という事になります。

見た目の麻痺は右側に出ている→右片麻痺。
しかし、実際には、左側のバランスが取れていない。
こういう状況になっています。

バランスが取れないというのは、真っすぐに立てないという事を意味します。

たかさん曰く、「麻痺側の脚で健側の脚を乗り越えて歩く事ができ、装具を着けて早く歩く事もできる」そうですが、どこまでが意識的な事で、どこからが無意識的なレベルで起こるのかは、自覚が得られないものです。

立ったまま手を動かした時に、脚のバランスに伴って微妙に変わる筋肉の活動量やどのぐらいの力で、どういう風に支えようか、どちらに体重移そうかという身体機能は「自動性」であり、意識にのぼってきません。

たかさんは、恐らく左側にバランス障害を抱えていらっしゃるので、一歩前に出した時に、腰が勝手に前について来てくれません。
腰が勝手に前に着いて来てくれないと、意識としては脚を前に出しているのに、腰は後ろに残ってしまうと。

上半身だけが前に振り出されてしまうので、麻痺脚は後ろに残ります。
マヒ脚が後ろに残るので、上がりません。

僕たちは通常、脚を前に出そうと思って歩いていません。
歩行というのは、脚を前に上げればスムーズに歩けるはずなのに、「右側の足が上がらないのは左側が支えてくれないから」です。

痙縮:膝がつっぱるとバックニーに

加えて、痙縮も影響を及ぼしていると考えられます。
主に、背中の筋肉が硬くなってしまう状況と想定します。

痙縮があると、左脚は自分の意識として前に出すことができ、身体がポーンと前に振り出されますが、背中の筋肉は硬いので、右半身は後ろに残ったままになってしまいます。

この状態だと、後ろに残した足は突っ張ります。

突っ張るのが痙縮によって更に増強してしまうので、膝がビーンと突っ張った結果、バックニーになっているのだろうと僕は理解しています。

ですので、全ての問題は『左側の姿勢バランス』にあります。

たかさんが今抱えてらっしゃる問題は「非麻痺側である左側のバランスが取れない事によって生じている」と回答できると思います。

たかさんの問題を解決するためには「左側のバランスの練習」という事になります。

動画では、16:40 から「左側のバランス練習(寝返る動作)」をデモンストレーションしていますので、チャプターをクリックしてご覧下さい。

まとめ

冒頭申し上げたように、たかさんの場合は『延髄外側症候群(ワレンベルク症候群)』を抱えていらっしゃる脳障害なので、神経学的にこの機能が解明されている事柄が多く、予後予測がしやすい上に、臨床ノウハウもある程度蓄積されています。

よって、具体的なリハビリ練習として、明確なやり方を提示しやすい一つの例になります。

ところが、同じような「脚が上がらない+バックニーがある」という現象でも、多くの脳卒中片麻痺の方では、問題の原因特定や解決策は容易ではありません。

色々な要因が複合的に絡み合い、脚が上がらなくなったり、バックニーが生じたりすることが多いです。

同じ現象のように見えても、原因や解決策は一言では言えないし、僕は明確な答えは持っていません。

その代わり、30年余りの臨床経験の中で多岐にわたるデータを蓄積し、自分の中で一定の整理ができているので、「こういう場合は、これをする事で、改善の効果が期待できると思います」とクライアントにご提案しています。

繰り返しになりますが、脳卒中片麻痺のリハビリはマニュアル化が困難で、一律のガイドラインやプロトコルなども存在しません。
若手セラピストにとっては、非常に難しい領域ですし、日々の臨床で悩むのは当然と言えます。

ですので、僕は出来るだけ自身の30年の経験値を皆さんにシェアしたいなと思っています。

将来的には法人化と教育マニュアルの整備を通じて、教育制度を形作って行ければと構想中です。

動画内容・チャプター

0:36 症状に予測がつくケースと断言できないケース
1:40 山田は「答え」を知ってるワケではない(臨床からの推察)
3:23 たかさんからのコメント・症例
4:19 脚が上がらない+バックニー
4:57 延髄外側に問題がある
6:18 脳幹の障害:予後は悪くない、回復される方も
6:50 堀尾法:奇跡の復活
7:58 発症部位が違う:障害の出かたや回復過程も違う
8:24 脳幹の場所・役割
8:54 前庭核
9:29 左側延髄の障害→左側でバランス障害が生じる(麻痺は右側)
10:44 伸筋を賄っている・筋紡錘の調節
12:20 無意識レベルで生じている筋活動・バランス
13:18 バランス障害(麻痺脚が後ろに残る)
14:47 背中の痙縮(後ろに残した脚が突っ張る=バックニー)
16:40 左側のバランス練習(寝返る)
18:12 膝を曲げて頭の方向を変えて寝返る
20:39 右足の練習は次のステップ
21:04 延髄外側症候群:ある程度解明されていてノウハウも整備
22:00 同じような後遺症でも一つの原因や答えがないケースが殆ど
23:30 法人化と教育マニュアルの構想