課題指向型アプローチとの違い

今日からは「作業療法って何?」というシリーズで、私たちが行っている「作業療法」とは何かを掘り下げて考えてみたいと思います。
初回の今日は『“混乱“をなだめる作業療法・課題指向型アプローチとの違い』として、3つのテーマに沿って、山田の考えを述べていきます。
テーマ3つ
①混乱:脳活動の低下+不安 → 悪循環の元
(情報を整理できない、何をしていいか分からない)
②課題指向型アプローチとの違い
③調理作業という「課題」:人の生活は「課題を解決する過程」
個人的な意見ですが、作業療法士として、「作業療法」を臨床状況に即した形で提供できている人は少ないように見えます。
と言うのも、昨今、作業療法士の多くが働いている回復期病棟では、「早いうちから身体機能を高め、日常生活動作が出来るようになりましょう!」というスローガンを掲げている風潮があり、理学療法的な介入が重視される反面、地味な作業療法は意味がなさそうだし効果が薄い…といった雰囲気が充満しているようです。(昔からですが)
作業療法の視点を変えてみると、僕たちにできることは沢山ありますし、作業療法の本質を理解しないと、理学療法も正しく提供できない状況になるのではないでしょうか。
脳卒中を発症すると、脳の活動機能が低下すると同時に、不安感が芽生えます。
当事者が自覚しているか否かは別として、不安という感情は抱える事になります。
不安とは
不安とは「情報を整理できない」「何をして良いのか分からない」という状態であり、個人のアイデンティティに強い影響を及ぼします。自分が一体どういう存在なのか、周囲の状況や環境認識によって変わるからです。
「情報を整理できないので不安が強くなる」のは、脳卒中の方に限らず、我々セラピストにも当てはまります。
初めて担当する患者さんに挨拶しても無表情・無反応で返ってくるリアクションがゼロだったら、私たち療法士も焦りますよね!? 一生懸命に話しかけてコミュニケーションを図ろうとしても、当事者が明後日の方向を見てツーンとしていたら不安が募ります。
相手が一切情報を提供してくれないと、人は不安になってしまうのですね。
当事者もセラピストも、双方が不安を抱えていると「悪循環」に陥ってしまい、リハビリ介入は益々困難なものになっていきます。
不安を打破するアイディア
こうした状況を打破する一つのアイディアとして、毎日同じ時間に訪問するという方法があります。
「ぼくの動物園日記」という東武動物公園の初代園長・西山登志雄氏をモデルにした漫画に、毎朝同じ時刻に同じ服を来て、同じ声色で動物に挨拶したり話しかけたりして、反応が返ってくるかを確かめた…というエピソードがあります。
我々ヒトも同じ動物ですから、患者さんに毎日同じ時間に挨拶をして勝手に喋りかけたりしながら、自分がどういう人間かを分かって貰うことで、相手の不安を和らげる事は期待できるでしょう。
脳卒中の発症直後で混乱している中、周囲のドクターや看護師、療法士が自分にとってどのような存在なのか分からないまま、一方的に治療や移乗、リハが行われている場面を見た事がある人は多いでしょう。急性期や亜急性期では、できるだけ速やかに、当事者の不信感や不安感を取り除いてあげるのが大切です。
混乱をずっと引きずっていたら、どんなに技術が高くて経験値のある理学療法士であっても、お手上げ状態になると思います。そして、こういう場面で活躍できるのが、僕たちのような作業療法士です。
しかし、現実に目を向けると、作業療法士の立ち回り方にも多くの課題があるように見えます。
作業療法士が学校で学んでくる作業活動と実際に臨床で必要とされる作業活動、そして、僕たちが所謂「作業」として認識している活動は、全部バラバラだっていう風に僕には映ります。
課題指向型アプローチが主流に
近年は「課題指向型アプローチ」がリハビリのメインストリームになっています。
「上着を着る」という着衣動作において、上着を着る課題の中で、麻痺手の機能を向上させることを目指すのがこのアプローチです。1つの大きな目標に向かって段階付けをし、作業を達成する中で身体機能も向上させていこうという考え方です。
一見すると「課題指向型アプローチ」は「作業療法」にとても良く似ています。
しかし、僕たちが学校で作業活動として学んできた「作業」と、「課題指向型アプローチ」は大きく異なります。
僕たちは日常生活で上着を着たり・脱いだりします。
外出する時、帰宅した時、就寝してパジャマに着替える…など、僕たちは服を頻繁に着替えるので、当たり前の日常動作となっているため、作業療法士の養成学校では「着替えることが作業」とは習いません。
ADLの一部として「着衣」は習うかもしれませんが、「作業」という位置づけではないはずです。少なくとも、僕の学生時代にはこういう概念はありませんでした。
作業療法士が「作業」として一般的に認識している活動は、陶芸や手芸、絵画、木工、音楽などです。
「課題指向型アプローチ」が、日常生活動作の何かを達成するのが目標であり、達成までの過程で身体機能も改善しましょうという理論体系に基づいているのだとすれば、認知能力が高くないと実現できない手法になります。
勿論、人によっては「課題指向型アプローチ」によって思考や認知機能が鍛えられるのかもしれませんが、脳卒中の急性期・亜急性期で混乱している人に対して見合った方法とは思えません。
これが僕の言う『課題指向型アプローチと作業療法は根本的な立ち位置が違う」の理由です。
調理作業を通じて混乱をなだめる
動画では、「調理作業を通じて混乱をなだめる」ことについて僕の見解を述べています。
「調理」という作業には、色々なレベルが存在しますが、カップ麺にお湯を注ぐのも調理ですし、野菜をカットしてディップに付けて食べるようにするのも調理です。
混乱をなだめるために調理をする狙いの一つは、「目の前に差し出された課題に対する反応を見る」ことです。
当事者の目の前に包丁とまな板と人参を置いた時、「自分が包丁を使って食材を切る」といった気持ちの変化が生じるかどうかを確認する。
これには「包丁で調理する」という知識があることが前提になりますが、自分に課せられた課題や遂行すべき事が、言葉を介さなくても明らかな状態になります。
インスタントラーメンとお湯で十分です。
好きなインスタントラーメンの味を選んで貰い、やかんやポットで沸かしたお湯を入れる。
ムリヤリ会話する必要はありません。
とにかくお湯を沸かすという設定を作ってあげれば、当事者の方は「カップ麺を調理するんだからお湯入れなきゃ」という発想になり、そこで情報の整理ができるようになります。
こうした調理作業を介して情報整理をして貰うと、混乱している当事者の方の気持ちがなだまり、活動する余地も生まれ、療法士とも意思疎通が図れるようになります。
最初のステップは、この位のレベルでいいんです。作業も理解もこの程度でOK。
僕はいつも、脳機能の低下や不安感で混乱している人には、調理活動を実施しています。大抵は「うどん」を一緒に作ることが多く、敢えて手間のかかる調理を共同で行うようにしています。
課題解決するプロセスの中に人間の営みが存在
人間の生活は、課題解決するプロセスの中に存在すると考えています。
何らかの課題や問題を解決する営みの中に生活がある。そこには、人間関係や環境との相互作用もあるはずです。
脳卒中の方が生活を再建していくためには、療法士の事を受け入れてもらう必要性があります。諸々の手順をスムーズに進めるきっかけの1つが「調理作業」なんだというふうに僕は理解をしています。
「ワイピング動作」のように、"周囲に分かりやすく、やってる感満載"の作業ではなく、当事者の気持ちや生活に寄り添った考えを共通認識として持って欲しいなと願っています。
動画内容・チャプター
4:06 本日のテーマ3つ
6:28 混乱とは:脳の活動低下+不安感
8:04 情報がない・整理できないと不安
9:58 毎日同じ時刻に訪問する
13:17 悪循環
15:27 課題指向型アプローチとの違い
19:40 調理作業を通して混乱をなだめる
24:25 情報整理とシチュエーション設定
25:33 生活は課題解決する過程にある
28:08 周囲からは分かりづらいが奥深い作業療法