
新人療報士向けのトランスファーについて解説していますが、前回は「ROMだけでは解決できない問題」についての前振り動画をお届けしました。
本日からは具体的な「動作パターン」に踏み込んでいこうと思います。
結論は、『日常生活動作で車椅子から移る際、一歩前に踏み出すという動作と軸回転が必要』という事です。
「トイレでの動作パターン」を例にデモンストレーションしていますので、11:52 から視聴して見て下さい。
トランスファーだけで日常生活は賄えない
臨床現場において、新人療法士の方に問題提起したい事があります。
それは、「トランスファーだけで全ての日常生活はカバーできない」という点です。
脳卒中片麻痺の方に最初に獲得して頂きたい動作を考えると、起き上がりや座位保持、車椅子への移乗が浮かびます。
食事やリハビリの移動の際に、ご自身で立ち上がって歩き出せれば、介助者のマンパワーも割かずに手間が軽減されます。
ご本人にとっても自力で動けるのに越したことはなく、移乗が出来れば、他のリハビリにエネルギーを注ぐことも可能です。
周囲の関係者全てにおいて、早いうちに車椅子トランスファーの自立やトイレが一人で行えるようになるというのを念頭に考えるのは必然の事と言えます。
立ち上がりを阻害するROM
これまでの動画では「ROM講座」として7回にわたって講義を配信してきました。
トランスファーにおける「立ち上がり動作」が遂行できない要因の1つに、関節の稼働域があることを述べてきました。
一方で、関節やROMさえ解決すれば、トランスファーの問題も全てクリアになるかと言えば、そうではありません。
実際には、もっと奥深いものです。
僕が「ROM」焦点に当てて講義をしたのは、新人の方でも分かりやすいよう、関節の稼働域の話から入り、徐々に複雑な話に移ろうという目的があったからです。
できない動作を繰り返し練習してもできない
さて、臨床の現実的な場面を想定してみましょう。
車椅子に乗れるようになった当事者の方がいたとして、療法士や看護師による全介助や部分介助によって移乗や移動が出来るようになったと仮定します。
移乗のお手伝いをするにせよ、当事者の方がリハビリで練習していくにせよ、毎日継続していればいつの日か「一人で移乗できる」ようにはなりません。
ついつい、僕たち療法士は、『できない動作を繰り返し練習することで、当事者の方ができるようになる』という思考で判断しがちですが、現実は違います。
できない動作を繰り返し練習する。
一体、何を練習するんでしょうね?
動作ができない背景には何らかの理由が存在します。
そもそも病気になる前は出来ていたのですから、当事者の方が動作を知らないはずはありません。
"動作に伴って起こるはずの身体反応が生じないから動けない"
これが理由だと個人的に考えています。
然るべき身体反応が生じないのに、やみくもに繰り返し練習したところでできるようにはなりません。
この理屈は、意外にも療法士に定着していません。
新人の方であれば尚更です。
『できない動作を繰り返し練習することで、当事者の方ができるようになる』のではなく、「できない理由は何か?」と視点を変える姿勢が欠けているようです。
手をついて身体を引っ張り込んで座る
トランスファーの動作パターンにおいて、「立ち上がる」所まで達成できた後、次は座位になりますが、多くの片麻痺者の方は、手をついて身体を引っ張り込んで座る傾向があります。
通常、僕たちのような健常者なら、立ち上がって椅子に座る時には、お尻を回すはずです。
しかし、片麻痺の方は、手でギュっと引っ張り込む手段を使って、お尻をムリヤリ回転させて座っています。
こうした代償行為に対するリハビリでは、「身体機能の練習=マヒ足に荷重する」と安直に考えてしまいますが、それは違います。
特に、まだ歩行練習にも至っていない段階の方が、麻痺脚で支えて、非麻痺側を一歩前に踏み出すというのは非常にハードルが高い。
なので、当事者の方はどうしたって、手をついて、自分の手を軸にして自分の身体を回すという手段を取らざるを得ないのです。
トイレ動作でも苦労を伴う
トイレの便座に座る事を想定した場合、状況はより複雑になります。
トイレの便座に向かうのに、大半の場合は、正面アプローチになります。
車椅子専用の広いスペースがある病院のトイレであったとしても、多くの場合、便座は左右いずれかの壁に寄っているはずです。左片麻痺用、右片麻痺用のトイレをそれぞれ設けている病院も稀にありますが、そこまで理想的な環境を整備している施設は滅多にありません。
多くの場合、トイレのスペースが広くても、結局は車椅子をトイレの正面に付けなければいけない状況でトイレ動作を遂行しなくてはいけません。
トイレの便座に対して身体を回転させるのは、片麻痺者の方にはとても難易度が高いです。
踏み出す動作では、麻痺脚が支える必要があります。
支えがしっかりしていない段階では、脚を一歩踏み出すという選択は難しいはずです。
こうした状況で、麻痺脚に荷重する練習ができれば、多少なりとも、トランスファーの自立に繋がる可能性はあります。
しかし、前述したように、身体機能の練習を考える際、「身体機能の練習=マヒ足に荷重する」のではありません。
身体機能の練習はマヒ足への荷重ではない
行うべきなのは、麻痺脚への荷重練習ではなく、どこかにちょっと触ってても構わないので、「安全に非麻痺側を一歩前に出す」という練習です。
我々の動作パターンを考えてみて貰えれば分かりますが、僕たちがどこかに移る時に意識するのは、前に出す脚の位置であり、後ろに残す脚には意識は向けません。
本来は自然の反応として「支える」ことができているワケです。
ところが、片麻痺者の方はバランスが悪く、グラグラして怖いので、どうしてもしがみつきたくなってしまいます。
こうした、当事者の不安定性を解消するには、「立ち座りの中で支持性の練習を十分にしておいてから一歩踏み出す練習をする」のが効果的と考えます。
トイレでの動作パターン
トイレ動作に限ってお話をします。
例えば、トイレに真正面向いて立つことができたとします。
お尻を便座の方向に向ける場面では、軸回転が肝になります。
動画でデモンストレーションしているように、脚を軸にしてお尻を回す場合、脚の向きが変わります。
「つま先で軸を作って、かかとを回す」という動作が必ず入ります。
通常はこれを無意識のレベルで行っており、お尻を回す際は勝手にアラインメントがそれに向かって整います。
この練習をしてあげるだけでも、トイレ動作での動きやすさは劇的に変化します。
この時、非麻痺側に過重をしておかないと、麻痺側の脚は自由に動かず、加えて、前後のバランスの微妙なやり取りもトランスファーでは重要になります。
動作パターンを知らないと無意味な練習になる
上記のように、トイレ動作で便座に座る時には「軸回転」が重要なファクターになります。
こうした動作パターンの知識を持っておくと、今どのフェーズでつまずいているのかが明瞭になります。
冒頭で触れた、「できない動作を繰り返し練習してもできない」というのには、こうした背景があるからです。
動作パターンの知識が欠けていると、療法士は「一歩前に出すんです」と、一生懸命言葉で伝えてしまいます。
当事者の方は、それができないから困っているのに…
できない動作を繰り返し練習するのではなく、一歩踏み出すためには麻痺側の支えが必要で、麻痺側で支えながらつま先を軸にして回転することが必要です。
臨床現場で知っておくと大変役立つ知識なので、新人療法士の方は是非覚えておいてください。
動画内容・チャプター
0:35 動作パターンとは
1:22 問題提起:トランスファーだけで日常生活は賄えない
2:00 起き上がりや移乗、移動が自立できると周囲も手間がかからない
3:17 立ち上がりを阻害するROM(前回復習)
3:53 できない動作を繰り返し練習してもできない
5:10 動作に伴って起こるはずの身体反応が生じないから動けない
6:13 片麻痺者:手をついて身体を引っ張り込んで座る
8:06 歩行練習すらしていない段階の方にはハードルが高い
8:59 トイレの便座でも苦労を伴う
9:32 トイレスペースが広くとも車椅子は正面に付ける必要がある
10:08 踏み出す時には麻痺脚が支えないといけない
10:38 身体機能の練習≠麻痺脚への荷重
11:52 トイレでの動作パターン
12:43 便座に座る時の「軸回転」
13:49 動作パターンを知らないと無意味な練習になる
14:55 学習の段階付け
16:48 車椅子移乗:一歩踏み出す+軸回転