
新卒療法士向けトランスファーにおける「トイレ動作パターン」として、今回は「便座への着座」を取り上げます。
普段の訓練や臨床で「立ち上がる」という動作は一生懸命に練習されると思いますが、「座る」という動作は練習課題として意識されていないような気がしています。
特に、脳卒中片麻痺の方に対応する場合、麻痺足の運動性や体幹の使い方に注視する必要がありますが、僕たち療法士は「座る」という基本的な動作を理解していないのが実情です。
そうした背景から、今回は「着座」に焦点を当てて講義を行います。
片麻痺者の方がやりがちな座り方
片麻痺の方が移動した後に椅子などに座る場合、無増作に勢いよく座ってドーンと後ろにひっくり返えりそうになった経験はありませんか?
或いは、手すりにしがみついて、健側の脚でぐーっとつっぱって、手で体重をコントロールしながら座る場面を見た事はないでしょうか?
お尻を突き出しながら、手の力でゆっくり座っていく方法を取る方もいるかもしれません。
何を見失っているから、こうした代償的な動作になってしまうのでしょうか。
膝は曲がるのではなく緩む
通常、僕たちのような健康人が座る場合、何も意識はしていません。
「歩く」のと同じように、「座る」際は何も考えないで行います。
何も考えないで動作が遂行できるので、「座る」という中身については知らないことが多いです。
脳卒中片麻痺の方に「座る」ことを誘導する場合、「膝を曲げて下さい」と指示する療法士が多いと思います。
「膝を曲げる」というのを突き詰めて考えてみると、「積極的に膝関節を屈曲する」という意味になると思われます。
が、座っていくときには「膝は緩む」のだと、理解した方が良いです。
膝が緩んで、体重を支え続けながら、徐々にお尻の重さを下ろすことで座る動作が達成できます。
この原理は、「膝を曲げる」のと「表面的な形」は似ていますが、厳密には異なります。
「座る」という動作を深掘りするのに「スクリューホームムーブメント」というメカニズムを知っておくと大変役立ちます。
膝関節のスクリューホームムーブメント
「スクリューホームムーブメント」とは、膝関節の最大伸展時に、大腿骨に対して下腿が外旋する動きのことを言います。
簡単な言葉に言い換えると、膝を完全に伸ばす(ピンと伸ばしきる)時、脛骨(すねの骨)が自然に少し外側に回ることがあります。これが「スクリューホームムーブメント」で、膝の自動的なロック機構です。
膝窩筋がテンションを高くして、緊張を高めることで、大腿骨と脛骨はロッキングして動かなくなります。
トランスファーで「着座」に持って行く際には、ロックを外す事から始めます。
しかし、脳卒中片麻痺の方にとって、ロックを外すのは難しいケースが殆どです。
本来であれば、カチっと止まっている膝を曲げるのでもなく、お尻を突き出すのでもない方法で膝を緩める必要があるのですが….
片麻痺の方は、これができなくて、後ろにドスーンと尻餅をつくように座ってしまうのです。
膝窩筋がテンションを弱めると膝は緩む
立位で膝を完全伸展すると大腿骨に対して脛骨が外旋し、少しねじれます。
すると、骨と骨が噛み合って動かなくなりますが、これを調整しているのか「膝窩筋」です。
膝窩筋が緩み、テンションを弱まると、膝もすっと緩みます。
緩んだ上で、膝が身体の重さを下におろしていくように働き続ける必要があります。
"膝を曲げるのではなくて、膝を緩めて体重を支え続ける"
専門的に言うと、「遠心性収縮を使って少しずつ緩めていく」ことが、着座における1つの大きな観点です。
①単純に座る場合 ②便座に座る場合
座る動作パターンでは、「①椅子やソファなどに座る」場合と、「②便座に座る」という2つのパターンに分けられます。
①と②では、取る行動が違います。
①でも②でも、「スクリューホームムーブメントを外す」事から始めますが、車椅子やベッド、治療台のように面積が広い所であれば、ドスンと無造作に座っても大きな問題にはならないでしょう。
一方で、「②トイレの便座に座る」際には、必ずトイレの便座の位置を確認します。
視覚的なフィードバックを使って、ここに降りていく…という風に動作をしていきます。
そうじゃないと、ちょうど良い所にお尻が乗らないからです。
「②トイレの便座に座る」場合は、スクリューホームムーブメントを解放し、膝を緩めていって、ゆったりと座れる練習が不可欠で、これは麻痺側への荷重練習や大腿骨と脛骨に繋がっている筋肉のトレーニングの役割も果たします。
そういう意味では、「①車椅子やベッド、椅子に座る場合」でも、スクリューホームムーブメントを解放しながら、勢いに任せるのではなく、ゆっくりとした着座練習をするのは意義があるでしょう。
膝窩筋を緩める方法
膝窩筋を緩めるには、大殿筋を直接誘導します。
大殿筋には上部線維と下部線維があります。
大殿筋の上部線維は、股関節外転と伸展の役割を担い、大腿骨の横にある腸脛靭帯が上から走っています。
腸脛靭帯の筋肉ががキュッと働くと、大腿骨は外にねじれます。
開いた状態で後傾に促すと、大腿骨が脛骨に対して外向きに回ります。
つまり、スクリューホームムーブメントと逆方向の動きが大腿骨で生じます。
こうすることで、しっかりと体重を支えた状態で膝が緩められます。
「膝を曲げる」と直線的にイメージすると、下に落っこちるような感じなるので、曲げるのではなく「緩む」と考えて下さい。
着座:上半身の重さを膝の遠心性を使って降ろす活動
誘導の流れは下記です。
- 大殿筋の上部線維を少しだけ持ち上げて、下におろす
- 骨盤の後傾が起こりながら、大腿骨が外捻する
- すると膝窩筋が緩む
- 膝窩筋が緩むと、スクリューホームムーブメントのロックが外され、膝が解放される
- そこからゆっくりと降りていく
「着座」というのは、上半身の重さを膝の遠心性収縮を使って降ろす活動と理解できると思います。
まとめ:着座の注意点2つ
①単純に座る場合
スクリューホームムーブメントを解放するために大殿筋の上方部繊維を上げて、下すと骨盤後傾する。
大腿骨が外捻し、スクリューホームムーブメントが解放される。
遠心性収縮で膝を落としていく。
②トイレの便座に座る場合
トイレ動作の場合は、予め便座を見せておく。
確認させてから、ゆっくりと丸い穴・お尻が乗る所にめがけてゆっくり降りていく。
膝窩筋を緩めるのを念頭に置いて介入する。
※階段を下りる際に、足元を見るのと同じ原理
次回
次回からは「筋活動のパターン」について解説する予定です。
動作に伴ってどういう筋活動がどこに起こったら、今の活動が達成できるのかを押さえていきます。どこが上手く働いていないのか、どこが弱いからこの動作が出来ないのか…というのに着眼して、講義をお届けする予定です。
動画内容・チャプター
0:45 着座:麻痺脚の運動性・体幹の使い方
1:18 片麻痺者の方がやりがちな座り方
2:12 「座る動作」について僕たちは知らない
2:41 膝は曲がるのではなく緩む
3:25 膝関節のスクリューホームムーブメント
4:12 座る時はロックを外す事から始める
5:11 膝窩筋がテンションを弱めると膝は緩む
5:50 遠心性収縮を使って少しずつ緩めていく
6:03 ①単純に座る場合 ②便座に座る場合
7:17 膝窩筋を緩める方法
9:14 着座:上半身の重さを膝の遠心性を使って降ろす活動
9:32 着座の注意点2つ
10:43 麻痺脚荷重して麻痺側の膝の伸展練習をする場合
(次回:筋活動のパターン)