新人療法士向けに、立ち上がり動作に必要なROMや動作パターンについて講義してきました。

今日は「筋活動パターン講座」の第1回目として、『立ち上がる動作に入る前の姿勢保持、及び、姿勢保持のための筋活動とその役割』について解説しようと思います。

関節運動に伴う筋活動を知る

「動作」を出現させるためには、筋肉の作用を使う必要があります。

関節運動は筋肉が収縮し、その関節運動の組み合わせが動作になるので、関節運動に伴う「筋活動」も自ずと押さえておく必要があります。

筋肉は、部分的に働いても役に立ちません。
例えば、肘を曲げるための主動作筋は上腕二頭筋です。ですが、上腕二頭筋を動かすのと同時に、前腕の橈骨(とうこつ)・尺骨(しゃっこつ)の先で「肢位(しい)」を保つ必要があります。

「肢位」とは、各関節の角度や位置のことで、関節可動域の測定や日常生活での機能的な姿勢を指します。

脳卒中片麻痺の方では、上腕二頭筋は動くものの、手関節は下がっているので肢位がキープできず、随意運動に支障が出るケースがあります。

片麻痺の方が肘を動かすためには、手の平が一定の肢位(=動作パターン)を維持できる事が不可欠になるので、こうした点を考慮しながら介入する事が求められます。

上腕二頭筋だけ動いても肘は曲がらない

手の平が一定の肢位を維持するのに、上腕二頭筋だけ働いても肘は曲がりません。

手関節や指を正しい位置に保つためには、伸筋群だけでなく、屈筋群にも同時に力を入れ、安定している必要があります。

肘を曲げるためには、前腕の伸筋群も然るべきタイミングや強さで同時に働く必要があり、手指が伸びて、手関節が背屈する必要があります。

上腕二頭筋の正常機能は、前腕の伸筋群と屈筋群が協調して働き、手関節や指が安定したポジションに保たれてはじめて発揮されます。

加えて、上腕二頭筋だけが働いても、拮抗筋である上腕三頭筋が緩んでこないと、肘は曲がりません。上腕二頭筋が作用して肘を曲げるには、肩関節も一定の肢位を保つ必要があります。

肩甲上腕関節も一定のポジションを取っておかなければ、肘を曲げる動作は達成できません。

上腕骨と肩甲骨の関節窩は肩甲骨についているので、肩甲骨も安定した肢位を維持できなければ、上腕二頭筋は働きません。

筋活動はパターンで動く

このように、筋肉の活動・運動動作・関節運動の側面を考えも、筋活動は必ず「パターン」で動く事が分かります。

「パターン=一定の色々な組み合わせ」と捉えることができるでしょう。

こうした組み合わせを認識して自分のモノにしておくと、脳卒中片麻痺の方を対応した時に、どこに問題点が潜んでいるのかの評価を適切に行うことができるようになります。

評価・分析次第で、介入方法や考え方は大きく変わるのが臨床リハビリですので、重要なポイントとして押さえておいて下さい。

立ち上がる動作前の姿勢保持と筋活動

新人療法士の方も「運動学」については、色々と学ばれていると思います。

改めて「動作」とは何かを考えてみます。
動作とは「姿勢が時間的に連続して変化したもの」を言います。

座っている所から身体を前にかがめて、身体が高い位置になって立つという、次の姿勢になるまでの間を「立ち上がる動作」と言い表すことができます。

従って、療法士が考えなくてはいけないのは、立ち上がる動作ができるか否かではなく、「立ち上がる動作に入れるか」という点です。

立ち上がる動作に入るのですから、「起きられる」「座っていられる」というのが前提になります。

座位の姿勢保持

「座る」という状態についても考えてみましょう。

座っている際の姿勢保持として理想的な状態をホワイトボードに書いてみました。

支持基底面(臀部・大腿後面・足底)を支持している椅子や治療台などの物体があります。この物体は、地面に対してある程度平行であり、かつ、一定の硬さを有し、摩擦力を持っている必要があります。

柔らかい素材であったり、極度に傾いていたりすると、姿勢保持はできません。

急性期や廃用症候群で褥瘡できる可能性がある方に対して、院内でエアマット使うケースがありますが、柔らかすぎて座位の練習には適していません。そういう場合は「板」を持参し、物理的な要件が揃うようにしていました。

支持するものが整った状態で、各筋群が機能するかをチェックしていきます。

①頸部筋

頭を高い位置に保つ頸部には斜角筋、板上筋、広頚筋(こうけいきん)などがあります。

頸部筋ですが、体幹筋とは独立して存在しています。このため、体幹を潰しても頭は高い位置に保持できます。
(ストレートネックにはなりますが…)

同じように、頭を横に傾けても身体は曲がりません。

このように、頸部筋は体幹筋とは別にコントロールされています。体幹筋があるから頸部筋があるというよりは、体幹筋と頸部筋は分けて考える必要があると捉えています。

②体幹筋・背骨・鉛直

「鉛直(えんちょく)」とは、重力方向に合致して真っすぐ、地面に対して垂直な方向のことです。背骨は、この鉛直な方向を保つことで、身体を支える重要な役割を担っています。

「身体軸」という言葉があるように、垂直であればあるほど動きやすい性格を持っています。
これを担っているのが体幹筋です。

体幹筋の代表例として、脊柱起立筋、腹直筋、広背筋、大胸筋、小胸筋などがあり、これらの筋群が共同して働くことで、背骨は「鉛直」に保つことができます。

③股関節・大殿筋

股関節の角度も大切なチェックポイントです。

座る際、股関節の屈極度がいつも90度になっている必要はないですが、股関節の調整をするためには、屈筋と伸筋両方が働いていることが欠かせません。

股関節周囲で特に重要なのは大殿筋です。大殿筋は運動要素で見れば下肢の伸展・外転がメインですが、実は身体を支えるためのクッションの役割も担っています。

大殿筋はクッションとして、骨盤と股関節を適切な位置に保ち、接触感覚によって質量中心を支持基底面 (BOS:Base of Support)に留める働きをしてくれます。

よって、大殿筋が本来の機能を果たせないと、体幹や頸部筋が動いても、バランスを崩すという現象が起きてしまいます。脳卒中片麻痺の方で「殿筋がしょぼい」状態の方に頻繁に見られる問題です。

感覚器でもある筋肉

殿筋や股関節周囲筋は「感覚器」にもなります。

角度や位置の調整に加え、座っている時は、殿筋だけでなく大腿後面も座面につくので支持基底面になります。

よって、ハムストリングスも感覚器になります。

ハムストリングスは、膝の角度を調整する役割もあるので、大腿直筋とハムストリングの両方が働かないと、膝の角度調整ができません。

足関節にも同じことが言えます。

足の裏がきちんと働くことで、身体を支えるという感覚器になるので、下腿三頭筋や前脛骨筋という足関節の運動筋も感覚器として働く必要があります。

感覚器官や筋が変化する事で立ち上がり動作が可能に

一連の流れから理解できるように、座る姿勢を保持する際、僕たちは全身の筋肉をバランスよく調整しています。

座面や地面に触れている身体部位の筋肉は、「感覚器官」として働いている事がお分かりいただけたと思います。

このメカニズムを踏まえた上で、『感覚器官や筋肉が変化する事で、立ち上がりという動作が可能となる」というのを覚えておいて下さい。

「立ち上がる動作に入る前の姿勢保持」は臨床における重要な視点になります。

立ち上がる動作に入る前に、「当事者の方がどういう風に座っているのか」を観察し、適切に評価するのは非常に役立つ臨床スキルですので、ご自身の技術としてモノにできるよう励んで下さい。

動画内容・チャプター

0:35 関節運動に伴う筋活動をおさせておく
1:41 片麻痺者:上腕二頭筋は動くが手関節は下がる
2:48 上腕二頭筋だけが動いても肘は曲がらない
4:06 筋活動はパターンで動く
4:41立ち上がる動作前の姿勢保持と筋活動
5:25 基礎運動学
5:42 動作とは
6:56 座位の姿勢保持
8:56 エアマットは難しい
9:55 頸部筋の働き:頭を高い位置に保つ
10:32 頸部筋は体幹筋とは別に制御されている
11:04 鉛直:地面に対して垂直な方向
11:56 股関節の角度
13:01 大殿筋
13:52 殿筋や股関節周囲筋は感覚器でもある
14:25 ハムストリングスと足関節
15:34 感覚器官や筋が変化する事で立ち上がり動作が可能に