今回の動画では「立っている状態から一歩踏み出す」ことについて解説します。

脳卒中片麻痺の方が歩き出す際や車椅子にトランスファーする際、車椅子から立ってベッドに移る際、言わずもがな、移動動作の自立は非常に重要なファクターです。

医療界でも誤解されている療法士の立ち位置

本題に入る前に…

回復期病院でこうした経験をされたことがある方も多いと思いますが、現場の看護師さんから最初に言われるのが「早く患者さんを車椅子から一人で立てるようにしてあげてください」というリクエストです。

確かに、私たち療法士がこうした要求に応えるのが職務ではありますが、自立歩行を達成するには、最終的に患者さん自身に学習して貰うことが前提です。

私たちが「治す」のではなく、患者さんが学習して自立することが不可欠。

この点に関して、医療界でも少し誤解があるように感じています。

とある看護師さんとの会話

先日、聖路加国際大学の看護師さんと話す機会があり、その中で興味深い話を聞きました。

『病院に勤めていたPTさんが自費のトレーニングジムをオープンした』とのお話を伺いました。ところが、よくよく調べてみると、彼はPTではなく、筑波大学で運動生理学の博士号を取得した方だったのです。

その方はデータ収集を目的に、聖路加にいたそうです。が、看護師さんは「病院で運動関連の仕事をしていればPT」と思われているのかな?

一般社会だけでなく医療界でもPT、OT、STの認識ってこんな程度なのかもしれません。

このような背景から、看護師さんたちは車椅子から立ち上がれない患者について「療法士が手を抜いている」と思っている可能性もありそうです。

一歩踏み出すための筋活動パターン

本題に戻ります。

移動動作の自立を促すには、どうしても「一歩踏み出す」という動きが必要で、そのためには正しい活動パターンが求められます。

「立っているところから一歩踏み出すための活動パターン」について具体的に考えていきましょう。

①バランスを崩すことから始まる

全ては「バランスを崩すこと」から始まります。

ニュートンの運動の第1法則(慣性の法則)にあるように、物体は外力が加わらない限り、同じ運動を続けるか、ずっと止まり続けます。

ヒトが移動するためには何かしらの力が必要です。
それが「 筋活動パターン」です。

バランスが崩れなければ動きは起こりませんので、まずバランスを崩すことから始まります。

しかし、脳卒中患者さんにとってはバランスを崩すことが非常に怖いことなんです。療法士はこの恐怖感を理解することが重要です。

臨床で、脚を出してすぐに移動しようとするのはご法度です。必ず準備を整え、患者さんが「絶対にこけない」と確信できる状態で練習を始めなければなりません。

②フィードフォワードとフィードバック

一歩踏み出すのに、バランスを崩すのが出発点と考えた際、フィードフォワードとフィードバックという2つの要素があります。

フィードフォワードとは、移動のために先行して働く筋活動です。

運動を行う前に、その運動に必要な情報を予測し、適切な運動プログラムを立てることで、より効率的で正確な動作を促すアプローチの事を言います。

私たちは立っているだけでもずっと重心は動揺しています。
これは「重心動揺計のグラフ」に表れています。

重心は常に微細に動いていますが、「安定性限界」と言われる足裏を中心とした狭い空間の中に重心が収まっている限り、転倒することはありません。

頭頚部、脊柱、骨盤体が先

この状態で右足を一歩踏み出す時、右側に先に過重することで、対側(左側)の下肢にしっかりと体重を預けることができ、右足を振り出す事が可能になります。

ここでフィードフォワード的に働いている筋活動が頭頚部、脊柱、骨盤体です。

頭部の動きに伴って、耳の中の三半規管が前庭感覚を生じさせ、それが脳幹を通じて伝わった結果、バランス反応を引き起こします。

活動の大元は筋肉の活動ではなく、神経活動であり、「感覚の変化」です。

頭が先に動き、頭が安定性限界にあるということは、脊柱もそれに伴って動くし、骨盤体もそれに伴って動きます。

しかし、実際に大きく動くのは頭頚部です。
骨盤から動くわけではありません。

頭頚部が動くから脊柱もそれに伴って動くし、骨盤体もそれに伴って動きます。
なぜならば骨盤体の動きというのは、腰椎と股関節でできているから。

フィードバック的に股関節周囲の中殿筋や内転筋が収縮して、片脚立位の準備ができるから脚が出せるのです。

脳卒中片麻痺の方はバランスを崩せない

脳卒中片麻痺の方を観察してみると、上記のような動きができない方がおられます。

身体の片方がグっと屈曲していて、首もストレートネック気味になり、緊張して目を見開いてるような方は、臨床でも見かけると思います。

こういう方はバランスが崩せないので、スムーズに脚が出せません。

問題は頸部筋にあります。
下肢の支持性ではありません。

こうした理論的背景をきちんと理解しておくと、効果的なリハビリを順序良く組み立てていくことが可能になります。

全身の筋肉のことを同時進行で考えないと、立位から一歩踏み出す練習はなかなかうまくいきません。

長下肢装具を用いた練習の顛末

下肢装具を使用して麻痺足に荷重をかける練習を行ってきた当事者の方には大変心苦しいですが、間違った下肢装具のリハビリでは期待通りの効果が得られないことがあります。

一からリハビリを見直す必要があるケースもあります。

現場で一生懸命にやっている療法士に責任があるというよりは、各機関での教育や研修が不十分であることが影響しているのでしょう。

特に、若手療法士に対しては、いきなり現場に放り出して、全てを任せてしまう病院もあるでしょうから、それは職場や環境に何某かの改善点があるはずです。

とは言え、今日僕がここでお伝えした内容は教科書にきちんと掲載されているので、自主的に勉強される事をお勧めします。

動画内容・チャプター

01:18 医療界でも誤解されている療法士の立ち位置
02:35 一歩踏み出すための筋活動パターン
02:53 バランスを崩すことから始まる
04:21 フィードフォワードとフィードバック
04:41 重心動揺計
06:36 三半規管が前庭感覚を生じバランス反応が起こる
09:17 問題は頸部筋・下肢の支持性ではない
09:49 頸部から介入
11:10 長下肢装具を用いた練習の顛末
12:43 まとめ