麻痺側上肢の潜在能力と作業療法のポテンシャルを考える

あくびで麻痺側の腕や手が動く!
脳卒中片麻痺者の方を担当していると、普段はマヒ手が動く事はないのに、あくびをする時に腕が上がったり、手が動く…というのを経験した事のあるセラピストは多いと思います。
あくびで麻痺側の腕や手が動いたり上がったりするのですから、随意性は残っているワケですし、何だかこのまま手が動きそう!という期待感が湧いてきます。
「あくび」は一般的には、眠くなった時や集中力が途切れて飽きてしまった時に生じます。しかし、もう一歩踏み込んでみると、眠気や飽きに抗って「覚醒」を促す時に起こる現象だと言われています。
あくびには視床下部の室傍核が関与
「あくび」は視床下部にある室傍核(しつぼうかく)が関与しており、室傍核に何らかの刺激が加わると「あくび指令」が出され、その結果、あくびが出ると考えられています。
室傍核への刺激は色々な部位から与えられますが、脳幹からの入力が主な経路だと個人的に思います。
脳幹には、「脳幹網様体賦活系(のうかんもうようたいふかつけい)」があります。
ご存知のように、脳の覚醒状態を維持するシステムで、脳に入る情報の中から必要なものを脳に送るフィルターの役割をしたり、大脳全体の興奮を高めることで覚醒や意識水準を維持したりしています。
「賦活(ふかつ」、つまり、興奮を高める部位なので、「あくび」によってマヒ手が動くのであれば、脳幹から興奮が伝われば、マヒ手の随意性も改善すると見立てることができます。
こうしたケースでは、大脳皮質の一時運動野からの指令が遮断しているのではなく、「脳幹・小脳系の覚醒維持ができていないために随意運動に困難が生じている」と類推できると思います。
『興奮を維持し、覚醒度合を継続して一定の位置が保てられればマヒ手は動く』
この仮説に沿って、感覚刺激を与えるためにマヒ手に作業を求めます。
具体的にはペットボトルやボール、長い棒などを利用した上肢リハビリを行います。
さて、前回の動画「【Case File10】片麻痺者が訴える『脳の中の靄』の正体・体性感覚が戻ると頭のモヤがスッキリする」で触れたように、視床が損傷すると注意・感覚障害が起こります。
視床出血や被殻出血で直接的・間接的に視床にダメージが生じ、注意機能や感覚機能に低下が見られる場合、積極的に感覚を探しに行く必要があります。感覚の探索活動が必要なんですね。
マヒ手の感覚や随意性には個人差がある
「感覚刺激を与えるためにマヒ手に作業を求める」とは言いましたが、マヒ手の感覚や随意性のレベルには個人差があるので、臨床ではその方にあった介入が必要です。
触ったり、にぎったりする感覚がなかなか得られなかったとしても、自分の手をきちんと使って抹消から中枢に感覚刺激が伝われば、末梢神経が障害されているわけではないので、感覚情報は視床、或いは、少なくとも脳幹までは届くと予想できます。
また、橋にの背側に青斑核(せいはんかく)と呼ばれる神経核があり、覚醒レベルの調節や選択的注意、ストレス、痛みの抑制、姿勢制御に関与しています。青斑核からの出力は小脳に向かうので、青斑核からの興奮が小脳に伝われば、意識にのぼらなくても視床までは伝わっているはずと思われます。
「あくび」がトリガーとなってマヒ手や腕が動くレベルの方であれば、視床を介した感覚機能は残存しているという事ですから、興奮度合を高めるために多くの刺激を与えることは改善に結びつくと思います。実際、僕のスタジオでも、上肢リハビリをやっている間に「あくびが出てきちゃいました」と言われる方は、マヒ手がすっと動くようになったりします。
ただし、やり過ぎると「迷走神経反射」が起きて、生あくびやめまい、吐き気、脂汗が出る人もいるので回数や加減には注意して下さい。僕もついやり過ぎてしまい反省した記憶があります💦
視床下部の働きについては、「睡眠と覚醒を制御する神経回路」について書かれた論文が筑波大学から発表されています。
非常に興味深い内容ですので、是非目を通してみて下さい。
■文献
2018.07.17 筑波大学
睡眠と覚醒を制御する神経回路を解明
~視床下部睡眠中枢と覚醒中枢の神経接続の解明~
https://www.tsukuba.ac.jp/journal/images/pdf/180717sakurai-3.pdf
■室傍核(しつぼうかく)
視床下部を構成する神経核の1つ。
オキシトシンを合成する神経細胞が存在する。
室傍核から発せられる「あくび指令」が脳の様々部位に届き、あくびが出ると考えられている。
子宮筋の収縮活性を指標に発見され、陣痛促進剤としても広く使用されている。
■脳幹網様体賦活系(のうかんもうようたいふかつけい)
脳の覚醒状態を維持するシステム。
脳に入る情報の中から必要なものを脳に送るフィルターの役割をしたり、大脳全体の興奮を高めることで覚醒や意識水準を維持する。
■青斑核(せいはんかく)
橋の背側に位置する小さな神経核で、覚醒レベルの調節や選択的注意、ストレス、痛みの中枢性抑制、姿勢制御に関与している。
中枢神経系で最も多くのノルアドレナリンが存在する。
■迷走神経反射(めいそうしんけいはんしゃ)
ストレスや疲れ、長時間の立位や座位、緊張、強い痛みなどの刺激によって、迷走神経が優位に働き、血圧が低下したり脈拍が下がったりする自律神経反射を言う。脳に十分な血液が供給されなくなり、めまい、血の気が引くような感じ、冷や汗、目の前が暗くなる、吐き気といった症状が出ることがある。
動画内容・チャプター
0:51 あくびをすると手や腕が動く
2:31 眠さ・飽き→覚醒を促す現象(興奮作用)
3:24 視床下部の室傍核(しつぼうかく)
4:26 室傍核への刺激であくびが出る(脳幹からの入力)
4:52 脳幹網様体賦活系(のうかんもうようたいふかつけい)
5:05 脳幹・小脳系が覚醒しないと動かない
5:56 麻痺手に作業を求める
6:54 視床が損傷すると注意障害が生じる
8:46 感覚情報は視床に届く
9:09 橋の青斑核(せいはんかく)
10:00 筑波大論文:覚醒のスイッチングの論文
10:54 視床下部→覚醒調整に重要
11:56 やり過ぎNG・迷走神経反射/生あくび
12:44 手の刺激→あくび→スッキリ感じならOK
13:45 OTによる手の治療の可能性