【片麻痺者が動けないのはなぜ?①】重度弛緩マヒと亜脱臼からお椀が持てるようになるまで

昨年からお送りしている「脳卒中の後遺症を理解する」シリーズの一環として、『片麻痺者が動けないのはナゼ?』というのを考えてみたいと思います。

第一回目は、山田が執筆した「Let's ケーススタディ 脳卒中リハビリテーション」の事例を取り上げます。

◆p117 第3章:臨床ケーススタディ
日常生活に活かす脳卒中後片麻痺者への介入の考え方
4.麻痺側肩関節の亜脱臼を注意機能を使って改善する
50代 男性 会社員 右被殻出血 左片麻痺
https://x.gd/Gx0bo

テキストと動画の事例で取り上げた男性は、 右被殻出血で重度の弛緩マヒと亜脱臼がありました。

このチャンネルで繰り返しお伝えしているように、脳卒中片麻痺の原因の多くが、脳の機能低下に起因しており、脳から筋肉への指令が適切に届かないことで随意運動に支障をきたしています。解決策は筋トレではなく、脳にアプローチする事が重要というのは何度も強調してきました。

亜脱臼に関しても「肩関節の筋力の弱さ」と捉えるのではなく、肩甲骨の問題、ひいては、姿勢コントロールに何某かの問題があると捉えています。体幹がしっかりして身体を起こしておけるようになれば、肩甲骨回りの筋肉も動くようになるからです。

弛緩に関しては、大脳の一次運動野からの命令が下っていかないと、弛緩マヒになります。

症例の男性は「右被殻出血」でしたので、直接的に運動機能を障害する部位ではなかったものの、被殻の近くを通る「内包後脚(ないほうこうきゃく)」にも影響を及ぼしたと推察されます。

内包後脚には、運動機能に大きく関わる神経路が通過しているため、内包後脚が圧迫されたり障害が起きたりすると、筋出力の低下、分離障害、協調性の低下が生じてしまいます。

しかし、症例の男性は、内包後脚が圧迫された形跡はあっても、直接的に障害された様子はないので、一時的に脳機能が大きく低下しただけで、完全にマヒがある状態とは違うだろう…という仮説のもと、リハビリを考える事にしました。

初見の際に、彼の潜在能力が高かった事も、この仮説を後押ししました。

入院中はどうしても脳機能が低下するだけではなく、体力面でもかなりの負担を強いられます。

加えて、脳血管疾患により「視床」にも影響が及ぶと、私たちの注意機能も落ちてしまいます。視床が障害されると「感覚障害」を呈することがあり、感覚の抽出にも難しさが出てきます。

例えば、今僕がYouTubeの動画を撮影するにあたり、画面に向かって講義しながらホワイトボートを指さしたり、マジックで漢字を書いたりと、課題が変わるごとに、注意や注目する感覚は変ります。こうした事にも、視床が深く関わっていると考えています。

視床の注意機能が低下した結果、麻痺手の随意性に潜在能力があるにも関わらず、『自分で気づく事ができない、感覚を掴み取る事ができない』という状態に陥っているのではないかと理解しました。

そこで、僕は男性と一緒に「右手でトランプ並べ」を行いました。
脳の「半球間抑制(はんきゅうかんよくせい)」という機能に注目して取り入れたリハビリです。半球間抑制まで話が及ぶと煩雑になりますので、別の機会に詳しくお伝えしたいと思います。

男性は、ご自分の身体への注意・観察がうまくできなかったので、麻痺手に能力があるのにそれを使うという判断に至らず、重篤なマヒが現象として残ってしまったと推察しました。

その後、彼は僕とのリハビリを継続していき、今ではお椀を持ってご飯を食べる練習ができるまでに回復されています。

「注意機能」に着目することで、上記の改善が見られたわけですが、麻痺側に常に注意を向け、感覚を得ようとするには相当な努力と労力を伴います。短時間のリハビリでもドッと疲れるようです。

非麻痺側の手をミトンやスリングで拘束し、麻痺側の手のみを意図的に使ってリハビリを行う手法を「CI療法」と言います。道免和久先生や竹林崇先生がこのアプローチで有名です。「CI療法」も注意が向きづらくなっている麻痺手に注目する事をベースとしています。

麻痺側上肢のみに集中するのは大変で辛いですが、乗り越えたお陰で、「最近では本当に気楽に動かせるようになった」と男性はおっしゃっています。

次回も「Let's ケーススタディ 脳卒中リハビリテーション」から、リハビリによる改善例をご紹介できればと思っています。

■内包後脚(ないほうこうきゃく)
内包とは大脳皮質と大脳基底核にある神経線維の通路を言う。内包には前脚、膝、後脚があり、脳画像では「くの字」に見える。
内包後脚では錐体路(すいたいろ)で皮質脊髄路(ひしつせきずいろ)という運動機能に大きく関わる神経経路が通っている。
内包後脚が圧迫されたり、障害が起きると、筋出力の低下、分離障害、協調性の低下が生じる。脳卒中の後遺症では、随意運動に困難が伴う原因の一つとなっている。

■半球間抑制(はんきゅうかんよくせい)
ヒトの脳は左右の半分が相互に抑制・協調し合うことで、バランスを取りながら適切に働く機構を持つ。これを半球間抑制と言う。
脳卒中などの脳血管疾患によりどちらかの脳に障害が生じて活動性が落ちると、麻痺側の機能が低下したり、反対に、非麻痺側の活動が過度になったりする。その結果、身体機能にも影響を及ぼす。

1:34 P117 肩関節の亜脱臼 注意機能を使って改善する
2:54 回復期の半年を過ぎても改善する
4:12 脳卒中=脳の機能低下(筋への指令が届かない)
5:18 重度亜脱臼=肩甲骨の問題
5:59 姿勢コントロールの一部
7:14 弛緩
7:45 被殻出血→内包後脚
9:01 完全マヒではなく脳機能の低下
10:24 小脳や脳幹への圧→体力や脳機能が落ちる
12:13 視床・注意機能
14:00 視床の障害→感覚や注意機能が落ちる
14:48 右手でトランプ並べ
14:54 半球間抑制
15:39 注意機能
18:15 自分の身体に対する注目が足りなかった
19:19 お椀を持ってご飯を食べる練習
19:54 自主トレ:マヒ手に刺激を入れる
20:45 筋肉ではなく脳に対してアプローチする
21:09 CI療法:竹林 崇先生