【脳卒中の後遺症を理解する③】脳部位の機能回復と代償による生活の自立・後遺障害を踏まえて前進する意識

今回は脳卒中後遺症を理解するシリーズの第3回目として、「脳部位の機能回復と代償による生活の自立」を考えてみたいと思います。

前回の動画でも触れましたが、脳卒中片麻痺の方が考える「脳の機能回復=治る」とは、"マヒや動きづらさがなくなり、以前のような身体に戻って自由自在に動ける"ことを指している事が多いように思われます。

残念ながら現代医学や科学技術をもってしても、殆どのケースで、脳卒中の後遺症が100%回復することは難しいです。

そう言った状況においても、脳卒中片麻痺者の方が、なるべくラクに、軽やかに、自分らしい生活が営めるようにすることを考えた場合、「代償による生活の自立」を目指すのは意義のある事ではと思っています。

30代右片麻痺の男性

動画では山田以前関わっていた、30代右片麻痺の男性を取り上げました。

彼は「同名半盲(どうめいはんもう)」という病気で、左右それぞれの目の右側半分が見えない症状を抱えていました。ところが、脳画像所見に異常はなく、普段の行動で右側にぶつかって歩く…という問題も見られなかったのです。

これは一体どういう事かと不思議に感じていた所、「盲視(もうし)」ではないかとの結論に至りました。「盲視」には、「視床枕(ししょうちん)」や「外側膝状体(がいそくしつじょうたい)」という脳機能の障害が関与している事が知られています。

ですが、病気や症状の元凶が分かった所で、病気そのものを治すのは難しいのが実情です。

この男性は「盲視」でありながらも、首を左右に振って視界を確保するなどの創意工夫を行い、就労支援施設にも通って、自立した生活を送っておられました。

さて、脳卒中リハビリでは、機能回復を目指すやり方として、いくつか方法論があります。動画ではそのうち2つについて言及しています。

①ニューロリハビリテーション(神経リハビリ)

脳血管疾患などで脳にダメージを受けたために、手足の随意性が低くなってしまった際、大脳の一次運動野から手足に向かう神経の活動を、反復練習によって再獲得するのを目指すリハビリです。
代表的なものに「CI療法」があります。

②ダイナミックシステム理論

脳全体がシステムとして働くことに着目した手法。
小脳から視床を介して大脳皮質に命令が行くのですが、脳卒中で小脳が圧迫されて命令の出力が上手く行かないと、「どう動いて良いか分からない」という状態になります。
小脳は損傷していないので、小脳由来の後遺症は治る可能性はあります。しかし、小脳が圧迫されている時期が長いと、骨折の後、肘がちゃんと伸びないなどの後遺症が残るケースがあるように何かしらの後遺障害が残る可能性もあります。

また、小脳の圧迫が、神経繊維を壊すような範囲にまで及ぶと、二次的障害として小脳が影響を受け、動けるけれど以前のように自然には体が動かないとか環境の変化に動きがついていけないという「麻痺とは異なる運動障害」も出現することがあります。

ここで僕たち療法士が介入して、歩行誘導をしたり、ハンドリングしたりして一緒に動いてあげることで再学習を促します。
これを「ダイナミックシステム理論(システムズセオリー)」と呼びます。

①と②のような神経学的手法を用いて、「脳の損傷部位を直接治すのではなく、代償によって動けるようになりましょう」というのを提唱しているのが、現代リハビリテーションの大きな流れです。

脳卒中の後遺症としてマヒや痙縮、内反尖足、クロートゥ、しびれ、目の違和感、身体感覚の欠落…といったものは残ることが多いです。

身体機能が以前のように100%戻らない事を前提としつつ、後遺障害を踏まえた上でリハビリや日常生活を送って頂ければ、当事者やご家族の肉体的・心理的負担も少ないのではと考えています。

発症前の自分と比較して、「完璧な回復」を追求するよりは、リハビリで少しでも改善が見られたら、その成果を認め、自分を褒めてあげて下さい。少しの前進・改善であっても、自分のマインドを肯定的に保ち、前向きな気持ちで取り組み続けることが大事です。

安っぽい言葉に聞こえるかもしれませんが、これはあながち馬鹿にできません。なぜなら、筋の硬さや痙縮は気分に左右される事が多いからです。

からだと心の両方で、日々の小さな変化を意識することで、成長の実感を得やすくなり、リハビリにも意欲的に取り組めるようになります。

「完璧」を求めるよりも、自分に優しく接しながら、自分らしさを大切にすることで、無理なく自然体で自立した生活が送れるのではと思い、山田の考えを少しシェア致しました。


■盲視(もうし)
脳の視覚野が損傷しているにもかかわらず、視覚情報を処理する能力が残存している現象。脳血管障害などで脳の視覚野が損傷した場合、物は見えなくなる。しかし、"見えないのに無意識的に分かる"という現象があることが知られている。

■視聴枕(ししょうちん)
脳深部に左右一 対ずつある領域。認知や注意、眼球運動、上肢の到達運動など、視覚情報が関与する高次脳機能を担っている。右の視床枕には左視野から、 左の視床枕には右視野から の視覚情報が入力される。

■外側膝状体(がいそくしつじょうたい)
脳の視床領域の一部。
目から入る視覚情報は網膜から視神経に入り、大脳の視覚野に送られる。その途中で、視床にある外側膝状体(がいそくしつじょうたい)で中継され、視覚情報の処理を行う。 このとき、両眼の視神経の内側半分は途中で交叉(視交叉)する。
外側膝状体(がいそくしつじょうたい)は、視覚情報を単に中継するだけでなく、情報を修飾したり変調したりする部位と考えられている。

■ダイナミックシステム理論(システムズセオリー)
ヒトの発達研究においてシステム的な観点を中心に捉えた理論。発達とは、遺伝的要素、脳内神経、社会的要素などが相互作用しながら形成される複雑なシステムとして捉える理論。

例えば、「自己組織化」という概念は、個体が外部からの指示なしに、自発的に秩序を形成するプロセスを指し、発達においてもこれが自然に進行することを示唆している。発達は単なる線形的な過程ではなく、さまざまな要素が相互に影響し合いながら動的に変化していくと考えられている。

リハビリ領域では、身体機能に限らず、その身体が置かれている環境とその個人に託されている課題をうまく遂行できるかどうかが、1つの評価基準になる。

動画内容・チャプター

0:27 脳卒中後遺症をどう理解するか
3:35 脳の機能回復=治る・マヒなくなる
4:21 代償で生活自立を目標に
5:13 30代右片麻痺の男性
5:52 同名半盲(どうめいはんもう)
7:51 脳画像所見は異常なし
8:30 盲視(もうし)
9:11 視床枕(ししょうちん)
9:49 外側膝状体(がいそくしつじょうたい)
10:48 日常生活の自立
11:51 一次運動野・ニューロリハビリ
15:02 脳全体がシステムとして働く(小脳)
16:26 歩けない(どう動いて良いか分からない)
17:34 ダイナミックシステムズセオリー
18:20 後遺障害を踏まえる
21:05 痙縮は気分に左右される