【片麻痺者が動けないのはなぜ?⑤】障害は寝ている時から・“くの字と反り腰”の改善自主トレ・療法士が誤解しやすい点と対策
今日は「片麻痺者の問題は寝ている時からも起こっている」という視点から、Let's ケーススタディ 脳卒中リハビリテーションでも取り上げた「行動分析・寝返り」を解説していこうと思います。
◆Let's ケーススタディ 脳卒中リハビリテーション
p26 第2章:脳卒中片麻痺者への介入のための基礎知識
1.行動分析① 寝返り
▶日常生活の「寝返る」と教科書的「寝返り」の乖離
▶「寝返り」動作の正常要素
▶片麻痺者の「寝返り」動作の困難性
横になってゆっくり休めないのはなぜ?
脳卒中片麻痺の方で、ゆっくり横になって休めていない方をよく見かけます。
「眠れません」と病床で訴えると、すぐに「睡眠導入剤」を医師から処方されるかと思いますが、問題の本質はそこではないと僕は考えています。
ゆっくり横になって休めない患者さんの多くは、身体が「くの字」に曲がっているのを臨床現場では頻繁に確認できます。
『麻痺側にお尻をぐっと突き出したようにして「くの字」になっている』
これを見れば、誰であれ「アラメント(骨・関節の配列)が崩れている」とすぐに分かります。
では、このようなアライメントの崩れは、一体何を意味するのでしょうか?
身体がくの字に曲がって動けない
先に触れたように、脳卒中による後遺症がある方では、麻痺側に腰をグイと突き出し、「くの字」の姿勢になって寝る様子が見られます。
身体が「くの字」の状態では、たとえ健康な人でも、動いたり起き上がったりするのは困難です。
健康な人でもそうなのですから、脳卒中を発症した方では尚更大変です。
急性期に意識がぼーっとしていた状態から、ある程度意識が明瞭になり、ようやく車椅子に乗り移る練習をする段階で身体が曲がっていたら…動作に支障が出ることは明らかです。
リラックスして眠るための条件
このような動き辛さは、片麻痺だから動けないのではなく、「片麻痺になったが故に、身体の位置関係が分からなくなった結果、動けなくなった」と捉えることができると思います。
脳梗塞や脳出血により、脳の細胞が死滅したから動けなくなった…という直線的な帰結ではないという事です。
通常、僕たちが横になって寝る時、身体はベッドや布団、更にその下にある床や地面に触れて全体が均等に支えらているという条件を満たしています。
寝ていても姿勢保持が維持できることを「バランス」と言います。
横になって寝ている状態できちんとバランスを保持するためには、「下から支えられてるんだ」という感覚が身体を通じて脳に伝わらないといけません。
脳はその感覚に基づき、適切な筋調節をする指令を出すので、身体から得られる感覚が返ってこず、脳に伝わらなければ、筋活動に必要な反応は起こさなくて良い…という誤った判断をしてしまいます。
脳卒中片麻痺者の睡眠障害
寝る時に、均等に身体全体に圧が分散できて初めて、我々はリラックスして横になることが可能となります。
しかし、上記のように身体のバランスが保てず、脳への反応も起こらなければ、身体を横にした所でゆったり休息を取るのは難しく、興奮して眠ることはできません。
こうした背景から、脳卒中片麻痺の方で、睡眠障害抱えてる方は数多くいらっしゃると思います。
麻痺側の感覚が脳に行かない
脳が損傷すると、脳が司っていた感覚の受け取りが遮断されてしまいます。
加えて、発症初期は脳へのダメージから、脳が活動を低下させてしまうので、筋肉の動きが弱まり弛緩状態になります。
筋肉の働きが弱いということは、モノに触れた時の感覚が脳に上行していたのが、殆ど消えてしまう状態に陥ります。マヒした半身の感覚が全部なくなっている状態にもなってしまうのです。
感覚障害の有無ではなく、「麻痺側の感覚が脳に返っていかない」という状態が、急性期の安静臥位(あんせいがい)の頃から起きてしまっているのです。
肩甲骨をぎゅっと縮めてバランスを取ろうとする
身体半分の感覚を失ってしまうと、ヒトはバランスを取ろうとします。
自分の身体がどこにも落っこっていかないように、倒れまいと必死で対処します。
身体感覚を得てバランスを維持するために、必死で非麻痺側の肩甲骨をぎゅっと詰めるのは顕著に見られる光景です。この代償動作は、起き上がったり、寝返りをうったりする際に確認できるだけでなく、仰向けで寝ている時から、非麻痺側の肩甲骨と股関節をぎゅっと固定しているのが見て取れます。
麻痺側に身体が動いたり、落ちたりしないように、止めようとする反応が自然に起きているからです。
非麻痺側の肩甲骨や股関節で強い力を出してしまうことで、麻痺側の方にグイグイグイグイ押し出した結果として、身体が「くの字」の姿勢になってしまうのです。
この状態で座位や立位になると、いわゆる「プッシャー症候群」が出現します。
※プッシャー症候群
脳卒中や脳出血、脳腫瘍などの脳損傷後に起こる姿勢異常で、麻痺側へ倒れそうになった際に抵抗しようとする症状。非麻痺側の上肢や下肢で麻痺側に押し出すことで、体幹が麻痺側に傾く現象。
覚えて置いて欲しいのは、脳卒中片麻痺になったから動けないのではなく、脳卒中片麻痺になった結果、「臥位姿勢を安定して保持できなくなった結果、動けなくなった」という側面があるということです。
動く能力は残っている
このような状態のままで、一生懸命に寝たり・起きたりの練習を繰り返していても、麻痺側の感覚は全く脳には伝わりません。
そこで、どのような自主トレが出来るか、動画中盤でご紹介しています。
臥位における「くの字」の様子も再現していますので、身体の半分が「落っこちたような感覚」だったり「麻痺側が常に重い」と感じている方は、ご自身の状態に当てはまるか確認してみて下さい。
自主トレで重要なのは、起き上がる練習ではなく、「しっかりと横になる練習」です。
麻痺側の身体がある程度意識できて、自分の手足の存在を認識し、ダランと力が抜けた状態を繰り返し練習し、体験する。
すると、徐々に麻痺側の手足の感覚が脳に伝わるようになってきます。
療法士が介入で誤解しやすい点
療法士の方に注意して頂きたいのは、こういった状態で「くの字」を治したらよいと勘違いしてしまうことです。
身体が「くの字」や「反り腰」になっているのは、麻痺側の上下肢の感覚がうまく伝わらないことで起こっているのですから、上下肢の感覚がきちんと伝わり、ご本人の自然反応として身体が真っすぐになる状態が達成されないといけません。
徒手的ににグイグイ介入し、ただアラインメントを整えた所で、当事者の方にとっては何も意味を成しません。
当事者にとって効果的な自主トレになる為には、麻痺側の手足が分かった結果、自然にお尻が戻せるようになることが不可欠です。
自律的且つ自動的な姿勢調整によって、身体が真っすぐになったという実感が欲しいです。
動く練習をする前に
当事者の方においては、動く練習やマヒ側の手足を使う練習をしたいお気持ちはよく分かりますが、その前の段取りとしてやらなくてはいけないことが沢山あります。
今日の動画で解説したように、脳卒中片麻痺の方は、急性期で横になっている時から姿勢調整の問題を抱えています。
ですので、もともとが動きづらい状況にあるのです。
脳卒中片麻痺で動けないから動く練習をするのではなく、「動けるような状況に身体を整えてあげること」が練習の第一歩になります。
動画内容・チャプター
0:42 片麻痺者の行動分析・寝返り(p26)
2:03 エネルギーを使わず眠るための条件
2:19 腰を突き出した状態からは動けない
3:56 ベッドや布団に対する姿勢保持
4:42 支えられている感覚が脳に伝わらないとダメ
6:06 上手に寝られない理由
8:00 非麻痺側の肩甲骨を縮める反応
10:22 動く能力は残っている
11:21 臥位での「くの字」の様子
13:08 腰がくの字から真っすぐに戻る自主トレ
14:42 療法士が誤解しやすい点と対策
16:43 痙縮が強い場合はそーっと
18:32 急性期から姿勢調整の問題を抱えている