【片麻痺者が動けないのはなぜ?⑥】無意識の姿勢調整・頭部外傷のケースから考えるバランス練習

今日は2025年2月16日に山口県山口市で開催したセミナーで、対象者として参加頂いた「頭部外傷」の方について、下記テーマに沿って解説しながら概要をご報告したいと思います。

今日のテーマ

①姿勢は意識できない
②作業記憶は容量が限られている
③自主トレするには「気づき」が重要(内観)

山口のセミナーについては、「リハビリ職人育成講座」のチャンネルにて、数日前に概要を配信していました。

対象者の方の状況は下記のとおりです。

【脳外傷の方】
・発病19歳→現在40代後半
・工場現場で高所墜落→頭部外傷
・日常生活で転倒が多い→服を着用する時など
・移動時に転倒しない能力の獲得
・バランスが悪い→バランスの練習はNG
・感情を制御することが難しく、衝動的に行動してしまう傾向がある

身体状況に関しては、立位や歩行、動作をしている最中に不安定さがあり、衣類に頭を通す時に視覚がさえぎられたり、別の事に注意を向けていると転倒してしまうということが分かりました。

「リハビリ職人育成講座」のサブチャンネルでは、「バランスが悪いのにバランスの練習はできない」という事について解説しました。

【Case File14】脳外傷とRVCL:網膜血管症で考える作業療法の本質・バランスとは何か?
https://www.youtube.com/watch?v=L9HMJh2N2yg&t=1s

バランスが悪い・支えられないとは?

転倒してしまうこの男性の「バランスが悪い」とは一体どいう状態なのかを突き詰めて考えた時に、最初に押えておくべきなのは「僕たちは意識して姿勢調整を行っていない」という点です。

姿勢は意識ではできないのです。

今僕は、カメラに向かって話をしながら手を動かしたり、ホワイトボードに文字を書いたり、立っている位置を微妙に変えたりします。常に身体のバランスは崩れている状態にあります。

バランスを崩しながらも、動きや傾きの変化に伴って、脚の力加減を変えたり、足裏に身体の重心を置いておいたり、喋りながらでも真っすぐに立っていたりします。

全身を一定の位置に保つ能力があるお陰で、こうした姿勢が取れるのです。

そして、姿勢を調整する時に、僕はいちいち頭で考えて姿勢コントロールする事はせず、無意識にやっています。歩行もそのひとつです。

少し話はズレますが、「小脳」は姿勢調整を司る器官なので、小脳が障害されると姿勢がうまく取れなくなり、グラグラしたりフラフラしたりします。小脳失調を抱えている方は、1つ1つの動作を頭で考えないと遂行できないという特徴をお持ちです。

随意性が高いのに動けない

この男性の動きは緩慢で、健康人に比べれば手足は自由には動かせません。それでも、随意性は比較的高く、両手を使って食事をしたり、自宅ではお風呂掃除を担当していたりと、日常生活を送れているそうです。

「随意性はあるのに動けない」のは、姿勢コントロールが上手くできていないからです。姿勢調整ができず、バランスを保つのが難しいから、いつも転倒してしまうのです。

足の力が弱いことが原因ではありません。

男性は両足を伸ばすことはできますが、その上に身体と頭部を乗せて両手を使いながら喋ろうとすると、身体が潰れてしまい、声も出ずにろれつが回らない状態になってしまいます。

呼吸調整も姿勢調整と同じ

僕たちは身体の位置を保ったまま、手足を使ったり、声のボリュームを変えたりすることができます。

この背景には、「呼吸調整も姿勢調整の一部である」という事実が存在しています。

姿勢と同じように、呼吸も自動的に調節する機能が身体には備わっているのです。

同様のことが「体温や血流」にも言えます。これらは脳が無意識に調整している仕組みであり、冒頭から説明している「姿勢調整は無意識に行われている」と等しいメカニズムと考えることができます。

呼吸・体温・血流のように、自律的で自然な動きが出来るか否かが、「バランスの維持」における核心的要素だと個人的に捉えています。

こうした自然の動きは「意図的な自主トレ」で獲得するのは難しい側面があります。

安眠と姿勢調整

前回配信した「【片麻痺者が動けないのはなぜ?⑤】障害は寝ている時から」でも言及したように、寝る時に重要なのは「ラクに横になれるかどうか」です。

脳幹には睡眠と覚醒をコントロールする機能があります。

脳に障害を負った方の中には安眠できない人も多く、1時間ごとに目が覚めてしまったり、朝起きようとした時に激しいクローヌスに襲われたりといった症状に悩まされているケースもあります。

こうした「覚醒と睡眠」も「呼吸・体温・血流」と同じように脳が調節の役割を果たしており、「姿勢調整」と同様に、意識的な努力を必要とせず自然に行われないといけません。

②前頭前野と作業記憶

ホモサピエンスである我々人間は、「前頭前野」と呼ばれる思考や記憶、感情、行動の抑制などを司る、最もよく発達した脳部位を持っています。
前頭前野は、作業記憶(ワーキングメモリ)の機能も担っています。作業記憶とは、情報を頭の中に一時的に保存しながら情報を処理する能力です。

パソコンに例えると分かりやすいですが、ワードやエクセル、パワーポイントなどを同時平行で作業する機能です。

認知機能が低下すると作業記憶の容量が減ってしまい、キャパシティが限界を超えてしまいます。色々な作業を同時平行で進めたり、処理したりすることが難しくなり、何かの拍子で作業を遮られてしまうとパニックになって動きが止まってしまうことがあります。

動作全体が非常にゆっくりになったり、自分が行っている動作をイチイチ確認したりしなくてはいけない状況に陥ります。自分の身体状況がどうなっているのかを客観的に判断するのも困難になってきます。

無意識でのバランスの練習

セミナー会場ではこの男性と一緒にフルーチェを作り、トランプで神経衰弱も行いました。

詳しい講義の内容はセミナー動画や有料動画で解説しますが、「立ちながら作業をする」というのに着目しました。

立ちながら作業をするためには、自動的にバランスを取らなければいけません。

介入では、男性がバランスが崩れても倒れないよう、僕が後ろに立って男性をサポートしました。僕が手を離せるタイミングで、男性がバランスを崩さずに自分で動動くことができれば、それは「バランスを練習した」事になります。

先にも触れたように、この「バランス練習」というのは、野球のボールを投げたり、バットで打つような意図的な自主トレとは異なり、『無意識のレベルでずっと立ち続けていられる』というベクトルで捉えなければいけません。

内観の練習は退屈で疲れる

姿勢調整を練習するには、療法士が当事者の方の「脳」の役割を果たすようサポートしつつ、離しても大丈夫なタイミングを伺ってそっと手を離したりして訓練する手段が取れます。

しかし、これを一人で自主トレするとなると、作業記憶をめいっぱい使う事になるのでとても疲れます。しかも練習内容は地味だし単調です。

壁に寄りかかって立ち、麻痺側の膝が曲がったら伸ばします。
マヒしている方の膝が曲がって来た事に気づかなかったら、椅子を用意して、そこにポンを当たったら伸ばします。でも、麻痺側に感覚が無くて、当たったかどうかわからない。時間とエネルギーを割いてやっても、なかなかよくならない。益々に嫌になってきます。

「内観」を通じて、自分の状況に気づくのは容易ではありません。

まずは基礎から

脳卒中片麻痺の方が動けないメインの理由は「姿勢調整が難しい」ことです。姿勢調整を意識でトレーニングしようとしすぎているが故に、作業記憶の容量が少なくなり、動作が大変になってると考えられます。

姿勢調整は意識的ではなく無意識に行える必要があり、それを再獲得するための自主トレは、立ち続ける練習や座り続ける練習など、単調でつまらないですが、創意工夫をしながら続ける意義は大いにあります。

姿勢を自動的に保つことができてから、麻痺足で踏み出して歩く練習や麻痺手を使った練習に進むと、リハビリ効果も高められ、次のレベルにスムーズに移行できる土台となると思っています。

動画内容・チャプター

2:03 頭部外傷と認知機能
4:01 ①姿勢は意識できない
5:13 バランスを常に変化させないといけない
5:50 頭で考えて自分の姿勢を保っていない
7:25 小脳失調の場合は考えないといけない
8:26 前回の動画:障害は寝ている時から
10:20 呼吸調整も姿勢調整の一部
11:01 ヒトはなぜ安眠できるのか
11:47 呼吸・体温・血流は脳が調整している=姿勢
14:45 ②前頭前野と作業記憶
17:38 認知機能の低下でキャパが狭くなる
20:16 立ちながら作業をする練習
20:46 自主トレに落とし込むのが難しい
22:43 ③「内観」の練習は非常に疲れる
25:44 自分の状況に気づくのは難しい
28:09 単調でも反復練習する