【片麻痺者が動けないのはなぜ?被殻出血④】褥瘡(じょくそう)の発生要因考察・厳しい状況でも初期のリハは実施可能:床ずれ・幻聴・幻覚・せん妄・混乱・パニック・急性期と回復期リハビリ

「Let's ケーススタディ」107ページに掲載している症例を再び取り上げ、被殻出血の方への介入のアイディアを探っていきます。

歩ける能力が残っているにも関わらず、急性期・回復期でリハビリが受けられない状態にあった方ですが、顕在化している現象だけではなく、発症初期の脳の状況とそこからの回復過程も踏まえ、深掘りしていこうと思います。

回復期病院を退院し、6か月以上が経過した当事者の方や維持期の方を担当する療法士の先生にとって、こういう視点で見れば、まだまだ改善の余地はあるという事を知って頂ければ嬉しいです。

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講義中では2つの症例が混在して話されていますが、対象は『50代 女性 右被殻出血・左片麻痺・左かかとに褥瘡のある方(p107)』です。

・50代 女性 右被殻出血・左片麻痺・左かかとに褥瘡
【片麻痺者が動けないのはなぜ?被殻出血②】

・70代 男性 左被殻出血・右片麻痺・失語症
(神奈川県への出張リハ・自宅トイレ改修)

【片麻痺者が動けないのはなぜ?被殻出血③】

【右被殻出血・左片麻痺例】
Let's ケーススタディ 症例 p107
◆p107 第3章:臨床deケーススタディ
日常生活に活かす脳卒中後片麻痺者への介入の考え方
3.誤学習した歩行パターンを感覚を使って修正する

50代 女性 主婦 右被殻出血・左片麻痺
発症初期に十分なリハビリを受けられないまま退院し、代償動作を誤学習している。
左かかとに褥瘡(じょくそう)あり。
https://x.gd/Gx0bo

発症初期の重篤な状況

この女性の発症時は極めて厳しい症状だったそうです。

幻覚や幻聴が発生し、存在しないものが見えたり、病室にいないご主人の声が聞こえたりと混乱状態にあったそうです。

自分の周囲で何が起きているのが、状況の整理が出来ていませんでした。

「覚醒の問題」を抱えていたという事です。

2週間目で褥瘡ができる

加えて、この女性は入院2週間目で麻痺側のかかとに褥瘡(じょくそう)ができてしまったそうなのです。

褥瘡は「床ずれ」とも呼ばれ、身体と地面が強く接触することで血行不全となり、周辺組織が壊死を起こすことを言います。皮膚の一部が赤い色味をおびたり、ただれたり、傷ができてしまいます。

栄養状態が悪化したり、皮脂が分泌されず乾燥した組織に、「せん断力」と呼ばれる“物が切断される方向に力が加わる”ことで発生します。

誤嚥性肺炎

さらにこの女性は、発症初期に誤嚥性肺炎にもかかってしまいました。

食べ物が誤って気管に入り、そこから肺に細菌が侵入して起こる肺炎です。

こうした背景から、回復期病院では「よく生きていましたね」と言われ、十分なリハビリを受けられないまま退院されてしまいました。

運動機能に直接影響を及ぼす

この女性は、神奈川県の70代 左被殻出血の男性と同様に、初期の頃でも、潜在的な身体機能は残っていたはずと思われます。

しかし、両者とも発症時に頭が混乱しパニックに陥っていたので、身体機能が上手く発揮できなかったのではと推察しています。

特に、女性の場合は、幻覚や幻聴で過剰興奮していたがために、身体が緊張して硬くなっていたと思われます。

我々健常者も怒りを覚えたり、ショックな出来事に直面した時には、身体はギューッと硬くなります。

被殻出血発症後に、頭が混乱していると、非麻痺側が屈曲固定し肩甲骨や肋骨の可動性が低下します。すると、胸から下の感覚が非常に乏しくなり、麻痺側・非麻痺側のそれぞれで運動機能が落ちてしまいます。

腕や脇腹でギゅっと硬くしていると、リラックスができないので、身体の下から入ってくる感覚にうまく気づけない状況になってしまうのです。

褥瘡・床ずれができる原因

パニック状態により、身体の屈極が強まり、肋骨や肩甲骨が固まるとどうなるのか。

非麻痺側で支え、麻痺側の脚で台に乗る事を想定した場合ですが、非麻痺側の体側をぎゅーっと屈曲させると、両脚で突っ張るような力が生じます。

これにより、かかとを地面に強く押し付けてしまう力(せん断力)が生まれます。
内反尖足とは異なります。

皮膚の状態が思わしくなく、下半身の感覚が脳に上行していかないような状況では、脚に血流障害が起こるので、触ってみるとヒンヤリ冷たくなっていたり、じっとり汗ばんだような感じになります。

強く屈曲・固定している非麻痺側の肋骨の力で、麻痺側にぐっと押し出す力が生じると、かかとが強く地面に押し付けられ、ねじれるような歪みが生じます。

『これがせん断力となり褥瘡ができる』というのが僕の個人的な仮説です。

現実的に褥瘡ができていく過程をずっと観察しているわけではないので、科学的なデータはなく、あくまでも推論・仮説にしか過ぎませんが、仮説を立てることで「褥瘡・床ずれを防ぐためには何が出来るのだろう」と発展的な思考に持って行くことができます。

覚醒状態を良くするための介入

解決策の一つは、覚醒状態を良くするための介入をする事です。

具体的には、姿勢保持の練習をしたり、楽しい話題を提供して意識を向けて貰ったり、熱中できるゲームを一緒にしたりすることがあげられます。

立ったり座ったりする練習をする前に、当事者の方には先ず「落ち着いて貰う」必要があるからです。

心が落ち着くためには、情報を整理することが欠かせません。

混乱しているってことは、情報がうまくこ整理できてないという事なので、整理できていない情報を整理するために、トランプやオセロをしたりして集中して貰います。

その間に、セラピストが横について姿勢保持をサポートしてあげます。

そうすると頭が徐々にクリアになって来て、自分の身体も少しずつ認識できるようになる場合があります。

・マヒ手がラクに使えるようになったなあ~
・飲み込みやすくなった
・今まで痛かったお尻痛くなくなった

とかいった具合にです。

こうした事を少しずつ自分で出来るようになってくれば、非麻痺側で屈曲固定する必要がなくなるくらい、心身共に落ち着いてきます。

兎に角、初期の介入段階でやらなくてはいけない事は、「落ち着いて貰う」という事。

自力じゃなくても構いません。誰かに手伝って貰っても構わないので、良い姿勢を保持できれば、覚醒の問題は解決します。

覚醒し、身体の感覚が認識できると、麻痺側にもラクに荷重ができるようになります。

急性期で医学的に困難な状態でもリハの実施余地はある

こうした対処法のアイディアやノウハウをある程度持っていると、せん妄など、急性期で重篤な状態にある方でも、「場面を提供することで気持ちをなだめられる」というのが、技術として提供可能となります。

僕はこのようにして、褥瘡を回避しつつ、誤学習してしまったものを、少しずつ改善に導いています。

誤学習しないよう予め手立てを打つのが最善

本来であれば、発症初期の段階で、当事者が誤学習しないように医療関係者が誘導出来ればベストなのですが、なかなか難しいのが現実のようです。

特に、今回のように「誤嚥性肺炎」にかかると即座にリハ中止と判断されたり、褥瘡が出てしまうと一時安静の指示が出てしまうケースが多いようです。

こういう状況ですと、基本的に我々セラピストは介入が不可能になります。

とは言え、こうした状況でも、介入の余地はあるのです。

こういう状況の時にこそリハ職が介入し、ポジショニングをして良い姿勢で横になって頂いたり、横に寝た状態でも構わないからちょっと頭のトレーニングをするためにお話しするとか….

我々療法士が出来る事は沢山あるのです。

しかし、医療的に重篤な場合、医師も看護師も大抵はムリという判断をされます。それは、リハビリテーションが立ったり、座ったりなどの、いわゆる「体力を使う動作」と誤解をされているからだと思います。

作業療法士、理学療法士、言語聴覚士は神経心理学的な勉強もしているので、高次脳機能障害や混乱・せん妄をなだめる術は持っていて然るべきです。

でも、それをきちんと臨床の場で、医師や看護師に伝える技術を僕らは有していないので、様々な形態のリハビリが実施されないという苦境に追い込まれてしまうのだと捉えています。

まとめ

褥瘡・床ずれができてしまう背景には、頭の混乱状態があり、それが身体の強い屈強固定を引き起こすことで、麻痺側の脚への余計なストレスに繋がっているというのが結論です。

急性期・回復期のいかなる深刻な環境であっても、療法士にできることはある、というのを頭の片隅に置いて頂ければ嬉しいです。

動画内容・チャプター

0:07 p107 誤学習した歩行パターン(症例解説つづき)
0:48 発症初期の脳の状況
1:25 視点を変えれば潜在能力が残っている事に気づく
1:32 70代 男性 左被殻出血・右片麻痺 失語症(神奈川県)
2:15 50代 女性 右被殻出血・左片麻痺 左踵に褥瘡(p107)
2:52 急性期:幻覚・幻聴・混乱・覚醒の問題
4:26 入院2週間目で褥瘡(じょくそう)ができた
5:15 褥瘡・床ずれ
6:00 誤嚥性肺炎
6:23 急性期・回復期で十分なリハが受けられず
6:51 運動機能に直接影響を及ぼす
6:59 二人とも潜在能力は残っているが混乱していて発揮できない
7:39 過剰反応すると身体は硬くなる
7:58 肩甲骨や肋骨の可動性が低下する
8:54 パニック状態が肋骨の屈極を強める
9:14 せん断力:かかとを地面に強く押し付ける
9:44 褥瘡(じょくそう)ができる原因
11:05 覚醒状態を良くするための介入
11:23 立ち座りの前に「落ち着く」
12:24 身体の感覚が認識できると麻痺側に荷重ができる
12:57 急性期で医学的に困難な状態でもリハの実施余地はある
13:38 誤学習しないように予め手立てを打つのがベスト
14:50 リハビリは立つ・座る・歩くの練習ばかりと勘違いされている
15:53 褥瘡が生じる背景:混乱状態と身体の固定
16:16 臨床経験を経ると困難な状況に対しても対処できる