【片麻痺者が動けないのはなぜ?⑦】内反尖足とクロウトゥはバランスが原因・脳が損傷すると感覚入力・加工・出力に問題が生じる

今日の動画では「内反尖足・クロウトゥはバランスの悪さが原因」という主旨で、僕の30年以上にわたる臨床経験を踏まえた見解を述べたいと思います。

■バランスの悪るさ→内反尖足・クロウトゥ
①バランスとは何か→予測的に動く
②バランスの成立条件→感覚入力と加工と出力
③片麻痺者のバランス問題→自動性の低下・矮小化→筋力の問題ではない

バランス練習の考え方

脳卒中片麻痺の方が日常生活や社会生活に復帰される際に、立ったり、歩いたりするリハビリを行いますが、この際にどうしても怖くして何かにしがみついたり、麻痺側に傾いたり、後ろにひっくり返ったりしそうになります。

「バランスがが悪い」というのをご本人も療法士も自覚するわけですが、この際に「バランスが悪いからバランスの練習をする」と考えるのは間違いです。

過去の動画でも触れましたが、脳卒中の後遺症で身体のバランスが悪くなったからといって、バランスの練習をする考え方はNGです。

【Case File14】脳外傷とRVCL:網膜血管症で考える作業療法の本質・バランスとは何か?
https://www.youtube.com/watch?v=L9HMJh2N2yg&t=1s

【片麻痺者が動けないのはなぜ?⑥】無意識の姿勢調整・頭部外傷のケースから考えるバランス練習
https://www.youtube.com/watch?v=MSPJhqpmSdA&t=228s

全体を見ずに麻痺側への荷重練習ばかりすると、バランスの悪い状態が継続し、結果的に内反尖足とクロウトゥが発生してしまいます。

バランスとは何か

バランスが悪い当事者の方に介入する場合、そもそも「バランスとは何か」を考える必要があります。

ある程度バランス感覚を持っている人やスポーツ選手が、今よりもバランスを改善したり、更に高度なバランス技術を身に付けるために練習する…という意味合いなら理解できます。

しかし、脳卒中によってバランスを取ることが難しくなっている人に対して「バランスの練習をしましょう」と言ってみたり、「片麻痺だから支えるのが難しくてバランスが悪い」と何でもかんでも麻痺側のせいにしてしまうのは危険だなと感じています。

バランスとは、一定の姿勢を保つ役割・機能

バランスとは、『一定の身体の姿勢を保持する能力』と理解することができます。

今僕はYouTubeの撮影をしながら「立位」という姿勢を保持しています。
立位を保持しながら、手を動かしたり、頭を振ったりしていますが、それでも一定の状態をずっと維持することが出来ています。

片麻痺の方の場合、非麻痺側で支えている杖を取ったとたん、すーっと後ろに倒れてしまう方もいるでしょう。
立っている姿勢を維持することができないので、これを「バランスが悪い」と言います。

バランスを保つ筋活動は予測的に働く

バランスを保つ筋活動は予測的に働くと考えられています。

電車やバスなどに乗車したシーンを思い出してみて下さい。
「慣性の法則」に従い、走っている電車が急ブレーキを踏むと身体が前に押し出されたり、停まっていた電車が急に走り出すと後へ倒れそうになります。

しかし、実際には電車がスピードを上げたり、減速したり、急停車したりした時、僕たちは環境に合わせて姿勢を調整していますよね。だから、走行中の車内でつり革につかまりながら、立った状態でスマホを見る事ができるのです。これは座席に座っている状態でも同じです。

我々は「電車に乗る」という経験をずっと積み重ねてきているお陰で、電車はこういう風に動くものだという「予測」が立つわけです。予測が立つので、その予測に基づいて「電車はこう動くから、この位の筋活動は準備しておかないとね」と脳が勝手に判断をして筋肉の活動量を変えくれるのです。

従って、僕たちが一般的に「バランス」と言っているものには必ず「予測」という概念が含まれています。

ゆえに、電車が急ブレーキを踏むなどの予期せぬ動きになると、準備ができずに、前につんのめってしまうのです。

姿勢保持:筋活動の量が変わる

バランスというのは予測的に働くので、予測できる状況に対してはバランスは取りやすく、予測できない状況に対してはバランスは取りづらいです。

加えて、バランスは自然に筋活動の量が変わるという事で実現され、筋活動の量が変わると関節の位置が変わります。
関節の位置が変わることで、僕たちは姿勢を保持するすることができます。

バランスの成立条件

関節の稼働性と筋肉の強さがバランス維持の必要条件です。

関節が柔らかくなっていてある程度のレベルで動くことができ、同時に、筋肉がある程度のレベルで関節の位置を保持できることが前提です。

そして、この筋肉や関節の動く量を決めているのは、実は「脳」なのです。

自分の身体の質量中心を測ったり、距離感の感覚や三半規管による前庭感覚などを収集・統合することで、脳がちょうど良い関節の位置や筋肉の強さを自動的に決めて指令を出す役割を果たしてくれています。

結果として、勝手に関節の位置や筋肉の量が決まるのです。

よって、脳が損傷すると感覚入力・加工・出力のタイミングに問題が生じる事になります。

バランスを保つためには、関節の滑らかな動きや、筋肉の活動の強さが必要ですが、その調整を行っている脳がダメージを受けると、姿勢制御・姿勢コントロールの機能も低下し、バランスを維持するのが困難になります。

内反尖足とクロウトゥ改善の考え方

ヒトの脳には「内部モデル」といった概念や「CPG(Central Pattern Generator)」と呼ばれる自律的な歩行リズムを生成する脊髄の神経回路網が備わっています。

歩行の際に足を一方踏み出せば、自然ともう片方の足が前に出て、前進する機能を持っています。

ところが、脳卒中片麻痺の方や小脳系の疾患をお持ちの方は、一生懸命に頭で考えながらバランスを取ったり、歩く練習をされています。

「余計なこと考えないでいいです。自分の身体に委ねて下さい!」とお伝えしているのですが、どうしても、恐怖感が先に立ってしまうようです。

頭で一生懸命に考えながらリハビリをすると、上記で説明した「予測的な筋活動」は起こりません。

療法士の先生方は、言葉で当事者の方に説明するのではなく、「何だか分からないけどラクに自然と歩けた!」という体験を提供して下さい。

こうした練習を積めば、内反尖足・クロウトゥは改善可能です。

内反尖足・クロウトゥの原因のひとつは、麻痺足の随意性が低いからでもなく、麻痺側のトーンが低くて支えられないからでもありません。

バランスという機能を保つための関節の柔らかさや筋肉の強さ、そして、そこから生じる感覚と脳の中の加工と出力タイミングが上手くいっていないのが要因の一つと捉えています。

自動性が低下したり、凄く狭い範囲でしか自動性が発揮できなくなってしまったが故に、バランスがとりづらいのではと考えています。

脚の筋肉や骨盤の筋肉といった、「筋力の問題」ではないわけです。

タイミングよく動ける練習方法

バランスの問題を解決する手段として、意識せずともラクに身体を動かせるという体験を得るために、タイミングよく動ける練習が必要です。

片麻痺当事者の方がおひとりで実践するのは少し難しい内容です。

機会があればこの動画で、具体的なやり方の例をご紹介できればと思っています。

脳卒中片麻痺の方の歩行やバランスの問題点について解説しましたが、今日触れたのはかくまでもアイディアの一つであり、これが全てではありません。
改善策のヒントとなれば幸いです。

動画内容・チャプター

1:38 療法士が荷重練習で誤解してること
2:25 内反尖足・クロウトゥはバランスの悪さが原因
3:00 バランスが悪いからバランスの練習をするのはNG
5:03 何が問題でバランスが悪くなっているのか
5:17 今日のテーマ3つ
6:04 ①バランスとは何か?
7:16 バランスを保つ筋活動は予測的に働く
10:21 筋活動の量が変わる→関節の位置が変わる(姿勢保持)
10:43 ②バランスの成立条件
12:30 一定に保つ成立要件:関節の稼働性と筋肉の強さ
14:06 脳が筋や関節の動く量を決める
15:11 脳が損傷すると感覚入力・加工・出力に問題が生じる
17:11 小脳系の問題があると足を踏み出す位置が分からない
18:28 療法士は「ことば」で誘導してはいけない
19:43 自動性が低下した状態が片麻痺者の問題
20:28 片麻痺者は「悪い方」に考えてしまう
23:20 CPG(神経回路)
24:22 ③片麻痺者のバランス問題
26:04 ひとつのアイディア