【片麻痺者が動けないのはなぜ?被殻出血②】痙縮が問題・誤学習した歩行パターンを感覚を使って修正する・代償動作の修正介入

今日の動画では、「Let's ケーススタディ」に掲載している症例を取り上げ、誤学習した歩行パターンを感覚を使って修正する際の考え方などを解説してみようと思います。

右被殻出血・左片麻痺例

Let's ケーススタディ 症例 p107
◆p107 第3章:臨床deケーススタディ
日常生活に活かす脳卒中後片麻痺者への介入の考え方
3.誤学習した歩行パターンを感覚を使って修正する

50代 女性 主婦 右被殻出血・左片麻痺
発症初期に十分なリハビリを受けられないまま退院し、代償動作を誤学習している。
左かかとに褥瘡(じょくそう)あり。
https://x.gd/Gx0bo

マヒでも支える能力が残っている

被殻出血を発症された方で、歩きづらさや動きづらさを抱える方は多いですが、臨床でよくよく観察してみると、麻痺脚で支えることができたり、脚を交互に動かすことができる方も一定数います。

どこかに掴まっていれば車椅子から立ってベッドまで歩いたり、トイレに一人で行ったり、両方の脚を使って方向転換できたりする方もいます。

脳卒中の後遺症による麻痺がゼロだとは言わないまでも、多少麻痺が残ったとしても、支える能力のある方がそれなりにいるというのを普段から実感しています。

被殻出血で歩行が上手くいかない?

このような状況を臨床現場で目撃する事が多いので、被殻出血で歩行が上手く行かないのは何故だろうという想いが巡ります。

基本的な身体構造や歩行のために必要な要素は持っているように見えるのですが、うまく動けなかったり、長距離を歩けなかったり、歩けたとしても自信がなかったり…

この背景を考えつつ、「誤学習した歩行パターンを感覚を使って修正する」考え方のベースを解説していこうと思います。

問題は痙縮

結論は「痙縮」です。

脳卒中片麻痺の方は、2つの問題を抱えています。

  1. 痙縮が原因で身体を起こしておけない
  2. 身体を起こす際、麻痺脚を出すタイミングがずれてしまう

この2つの要因から、歩きづらさを訴える人が多いのではと個人的に捉えています。

歩行3つのパターン

「歩く」動作を単純に考えた時、3つのパターンがあります。

①健常者
②高齢者
③片麻痺者

①健常者
山田は健常者なので、両国から秋葉原までの約2キロを歩いたり、山登りをしたり、段差を踏み越えたりするのに困る事はありません。

②高齢者
高齢者は下肢の筋力低下や背骨(腰)が曲がってしまったが故に、長距離を歩くのが難しかったり、階段ではなくエレベーターを使ったりする場面はあれど、健常者と同じように歩ける方が多いです。

腰が曲がったり、シルバーカーを押しながらヨタヨタ歩く恰好をしていていも、自分の身体の「質量中心」を保つことが出来るため、身体の軸を維持しながら動くことができます。

③片麻痺者
脳卒中のうち、特に被殻出血を発症した方は、背骨付近に痙縮が出る事が多く、これが引き金となって後遺症による動き辛さや代償動作を覚えてしまっている事があるようです。

背骨周りの筋肉に起こる痙縮が原因で手が曲がったり、脚が突っ張って内反尖足が生じる他に、タイミングよく働かないので伸展反応が乏しい状況になってしまっています。

片麻痺の方は自分の身体が自由ではないので、自分が動こうとした先に、重心が付いてこれず、バランスを取るのが困難になります。

仮に「質量中心」を移動したり、キープする事ができたとしても、背骨に痙縮があるために、一歩踏み出すごとに身体がぐーンと落下したり、後方に引っ張られてバランスを崩すことがあります。

このような状況では、歩行の際にタイミング良く脚を振り出したり、荷重したりといった動作が遂行できなくなります。

マヒ足に対する不安感・不信感

片麻痺の方の中は、ご自身の下肢の能力を信じておられない方もいます。

口には出さないものの、果たして自分の脚は体重を支えられるのか心配で仕方がないという表情や態度を見せている方もいれば、口に出して「怖い!怖い!」と叫ばれる方もいます。

しかし、実際には、被殻出血の方でも下肢に支える力は残っている方が多いです。

では、この恐怖心は一体どこからやってくるのか?

「被殻」が大脳基底核の一部であることが影響しているのではと推察しています。

2025年4月6日に配信した「マヒが原因ではない!被殻出血はブレーキを緩めるのが重要・基底核疾患・ハイパー直接路」でも少し触れましたが、「被殻」は大脳基底核の一部で、情動や気分に深く関係している神経回路網です。
https://x.gd/cjcnn

ここが障害されると、情動的に過剰反応してしまったり、感覚が受け取りづらくなったりします。

「感覚障害」とは違ったものなのですが、感覚を捉えるのが少し難しくなります。

大脳基底核:パーキンソン病のような症状が出る

被殻(大脳基底核)が損傷すると、「パーキンソン病」のような症状が出ることがあります。

パーキンソン病の特徴に「無動」と「突進歩行」があります。

「無動」とは、身体を動かすスピードや回数が少なくなる、遅くなるという症状です。「動けない」というより、「動き出すのに時間がかかる」や「動きがぎこちなくなる」「動きが小さくなる」という特徴があります。

「突進歩行」とは、身体が前傾した状態で、脚を小刻みに速く動かしながら歩き出し、自分の意思ではうまく止まれず、何かにぶつかるまで歩き続けてしまう症状です。勢いのまま転倒してしまうこともあります。

被殻出血の方を観察してみると、同じような傾向が見て取れます。

動こうとするとなかなかタイミングよく動けないのに、いざ動き出してしまうと(or 動こうとした途端に)その後の調整ができず、歩行の開始・停止をうまくコントロールできない状態になってしまいます。

ゆっくり時間をかけて感覚を確認していく

このような時、僕は優しく声掛けをいながら、ゆっくり感覚を取り戻していく練習を行います。

言葉で「いいですか、まだですよ~、まだですよ~」と言いながら、お尻や足裏の感覚を感じ取って貰うように介入します。

その後に、ゆっくり立ってみたりして、少しずつ神経回路が働くよう、僕が大脳基底核の代わりの役割を果たすようなイメージで、適度なブレーキがかかるようリハビリを進めていきます。

やる気のなさや感情の起伏は病気による症状

こうした背景を踏まえると、被殻出血など、脳卒中を発症された方が表出する恐怖心や不安感、根気の無さや我慢の足りなさは、その全てが個人の性格ではなく、病状・症状だと言えるでしょう。

こうした事をきちんと踏まえておかないと「なんかあの人やる気ないよね」とか「あの人、動き始めるとハイになっちゃって嫌だよね」と誤解を生む事になりかねません。

脳の回路網に働きかける

当事者の方は身体的にも精神的にも影響を受けています。
脳卒中による脳の回路網が、動きづらさや情動の抑制のしづらさに繋がっているのです。

上記を踏まえると、リハビリにおける介入では、脳の回路に働きかけるのが解決策のカギになります。

これまでの動画で紹介してきたように、マヒ足を台に乗せて、健側の足でゆっくり乗ってみる」というような練習からスタートしてみます。

その次に、歩く練習をやってみる。歩幅は狭くて構いません。

こうした練習をちょっとずつ丁寧に重ねていくことで、痙縮で自由に動けない身体をなだめながら、徐々に自由が効くようにしていくアプローチを取ります。

「歩く練習」と言っても、いきなり最初からスムーズにポンポンと歩くのではなく、とにかく最初はゆっくりスタートします。

段々慣れてくると、歩行は自然に早くなります。

頭がスッキリするのは可塑性により神経が繋がったから?

こうした練習を繰り返すと「頭がスッキリしました!」と言い出すクライアントもいます。

傷害されてしまった被殻や死滅した細胞が、脳の可塑性により、違う部位で神経が繋がったり強化されたので、「スッキリした!」と発言される方が多いのかなと想像しています。

臨床上の経験なのでエビデンスはありませんが、クライアントの言葉から理解すると、このように感じてしまうのです。

歩行は形の練習ではない

Let's ケーススタディ 症例 p107でご紹介した『50代 女性 右被殻出血・左片麻痺 左かかとに褥瘡ある方』の歩行改善を目指す中で色々と発見し、学びになることがありました。

「歩行練習」は表面的には「歩く練習」をしているように見られがちですが、療法士として介入している根底には、脳の神経回路網のメカニズムがあります。

「歩く」という形だけをマネしても意味はありません。

頭の中の神経回路が繋がり、痙縮によって正常ではないタイミングで動いてしまうのを、感覚を使って修正する。

介入方法の一つとして、荷重や歩行練習をゆっくり丁寧に実施してみることで、代償動作の修正が達成できると考えています。

次回

被殻出血の介入については、まだまだお話したい事が沢山あります。
次回は、歩行または上肢機能について解説する予定です。

動画内容・チャプター

0:48 p107 誤学習した歩行パターンを感覚を使って修正する
2:26 被殻出血で歩行が上手くいかない?
3:13 結論:痙縮が問題
3:47 歩行3つのパターン(健常者・高齢者・片麻痺者)
4:23 ①健常者
5:18 ②高齢者(下肢の筋力低下・腰が曲がる)
6:34 質量中心(伸展反応が起こせる)
6:56 ③片麻痺者
7:15 痙縮は背骨周りの筋肉に起こる(伸展反応が乏しい)
8:14 下肢の随意性はあるが身体が自由ではない
8:25 脚に対する不安感が強い
8:52 恐怖や痛さの原因:被殻
8:59 大脳基底核の一部である被殻
9:54 基底核:情動的に反応し感覚を受け取りづらい
10:54 大脳基底核:パーキンソン病のような症状が出る
12:02 ゆっくりと感覚を確認していく(足裏・お尻)
12:36 個人の性格ではなく病気による症状
14:35 頭がスッキリするのは可塑性により神経が繋がったから?
15:12 痙縮によりタイミング良く身体を伸展できない
15:51 ゆっくり確認しながら練習する(形の練習ではない)